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03 ミニティー夜夢

はじめに

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 『ミニティー夜夢』は早川書房『アズマニア3』(画像がその表紙)に収録されており、入手に困難は無いだろうと考えられる。しかし秋田書店PLAYCOMIC SERIES版の同名書籍には他の(現在は絶版で読むのがやや難しいような)作品も多く収録されているので、当サイトでは後者をテキストに用いて内容を紹介しようと思う。

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 その秋田書店の単行本表紙(画像参照)にはMINITY-YAMUと併記されているのだが、「ミニティー」というのが何語なのかよく分からない(アメリカなどで女性の愛称として使われているらしい例はあるようだ)。作中にはこの単語についての言及が見当たらず、その本当の意味は不明。



第1話 女子高生無宿

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(マイアニメ 1982年7月号)
"episode 1 : a vagabond schoolgirl"

In a wasteland where nobody can specify, a girl who wears school uniform is walking.
At high noon, Yamu ( this is the name of a schoolgirl ) sets about eating her packed lunch, then a big dragon emerges...

 どこの世界とも分からぬ荒野を、合服(冬服と夏服の間の季節に着用する制服)の女学生が歩いてゆく。昼となり、夜夢(ヤム)……これが女生徒の名前である……が弁当を食べ始めると、そこへ巨大なドラゴンが現れ……。

*紺色ブレザー型制服の上着を脱いで、上がベストのみになった姿、そして車ひだのスカートというのはきわめて日本的かつ現実的な服装だろう。そういう主人公が全く現実と接点を持たないような世界で平然と暮らしているらしい様子で登場し、読者は驚かされる。
 単行本のカバーにある作者の言葉によれば「いちおう長編をめざしたのだが描き終えてみると、なんのことはない、いつもの読み切りになっていたのだった」という。吾妻マンガの長編は、週刊少年チャンピオンに連載された『きまぐれ悟空』等を別にすれば稀(まれ)と思われ、その点でこの『ミニティー夜夢』は珍しい作品として位置づけられるのではないか。



第2話 予習復習忘れずに

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(マイアニメ 1982年8月号)
"episode 2 : Be sure to prepare and review"

For some reason Yamu memorizes world history, and then she takes up fishing as "an arrangement for dinner and a tomorrow packed lunch".
After all, she catches a ...

 なぜか世界史の暗記をしている夜夢だが、「夕食と明日のお弁当の用意」として釣りを始める。そして釣れたのは……。

*サブタイトルに「ひでおの5(ファイブ)ワールド」とあるように、各回たった5ページでまとめてある。これは短編というより掌編と呼ぶべきか。



第3話 砂漠の神秘

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(マイアニメ 1982年9月号)
"episode 3 : mysteries of a desert"

When a party have climbed up a towering cliff, a boundless desert appears before their eyes.
A "camel" is sold at there, and Yamu determines to buy it.

 屹立(きつりつ)する崖を登ってみると、果てしない砂漠が広がっていた。そこでは「らくだ」を売っていて、夜夢はそれを買うことにしたのだが。

*吾妻マンガには実にさまざまな架空生物が登場する(なぜそうなのか、心理学者による分析をきいてみたいところではある)。この作品「ミニティー夜夢」は異世界を舞台としているため、さながらそれらの展覧会のようだ。よくまあこうまでいろいろな生物をデザインできるものだと驚かされる。いろいろなメカニックが拝めるとそれだけで幸せ、といった人たちもいるようだが、それと似て「架空生物をいろいろ見られると楽しい」という読者(きわめて少数派かも知れないが)は大喜びするのではないか。かつてTVの特撮番組で毎週さまざまな怪獣が登場しては子供たちの人気をさらったことを思い起こさせる。SFもマンガだと、物語の他に”視覚的な快楽”の要素が必要なのではと思うけれど、このシリーズはそれを満たしていると言えるだろう。
 ヒロインの夜夢は殆ど表情を変えない娘だが、この回で初めて、たった1コマ、口だけで少し笑顔になっている。



第4話 オアシスにて

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(マイアニメ 1982年10月号)
"episode 4 : at a oasis"

Yamu founds a fountain, and takes a bath at there.
"It seems to emerges something undesirable..." she afraids, then...

 夜夢は泉を発見し、ちょっと水浴び。「何か出るんじゃ…」と心配していたらそこへ……。

*男性読者へのサービスなのか、編集部からリクエストがあったのか、別にそのような意図は無かったのか、定かではない。



第5話 かわいそうな親分

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(マイアニメ 1982年11月号)
"episode 5 : a pitiable boss"

When a party goes across a vast plain, a gangster gives them a hard time.
"Fight it out !" he tries to pick a quarrel with Yamu.
But a "fight" he means...

 大平原を横断中、夜夢は、ならず者にからまれる。「勝負しろ!」と因縁をつけられるのだが、その勝負というのは。

*今回、ちょっと話が長めで、それゆえ各コマは少し小さくなっている。相変わらず無表情で冷静なヒロインであるが、弱い者への面倒見が良い性格なのがうかがえる。



第6話 残酷な山賊

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(マイアニメ 1982年12月号)
"episode 6 : the cruel bandit"

Yamu parries monsters that were babied.
But, out of the frying pan into the fire, she happens to meet a bandit.

 甘やかされて育てられている怪物たちをかわし、先へ進む夜夢は山賊に出くわす。

*現代の基準で考えると夜夢はべつに粗暴ではないが、ひ弱な者を育てるにあたっては、甘やかすことをしない主義らしい。このあたり、第1話から最終話までを通して地下水脈のように見え隠れしている主張であり、全体をつらぬく主題となっているようだ。



第7話 どーも女王様

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(マイアニメ 1983年1月号)
"episode 7 : Howdy, Your-Majesty"

Yamu is caught alone and sent to a dungeon.
Then a king comes to there...

 ただ独りで捕虜となった夜夢は地下牢へ入れられる。するとそこへ王様がやってきて……。

*巨大な飛行艇が出現したり、いかにもSFマンガといった展開になるのだが、注目できるのはむしろ、ここでヒロインが捕らわれる社会の様相である。ひどく日本的で、サラリーマンだか公務員だか、組織の中に取り込まれる事によってだらだら日々を生きる無個性な者たちの集団が皮肉っぽく描かれる。そして夜夢は、そうした社会の上にあぐらをかいて生活してゆくことがおよそできないのだった。



第8話 いきなり侵略

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(マイアニメ 1983年2月号)
"episode 8 : sudden invasion"

Yamu becomes a queen suddenly, declares war suddenly, and bombs a neighboring country suddenly.
But...?

 いきなり女王となった夜夢は、いきなり戦争を開始し、いきなり隣国を爆撃する。しかし、それからどうなったかというと……。

*とにかくおよそ普通の展開にはならない物語なわけで、無茶苦茶なようにも見える。が、凡庸怠惰な決まりごとの中におさまらないのがこのヒロインで、消去法を積み重ねてゆくことで運命の方向を絞り込んでゆく筋になっているようだ。



第9話 みそっかす無人島

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(マイアニメ 1983年3月号)
"episode 9 : an uninhabited island that is made light of"

Yamu makes nothing of her danger of life and death, but she was thrown out to the sea, and found a group of strange islands.
In fact, those were...

 死の危険さえものともしない夜夢だが、海に放り出され、そこで奇妙な群島を見つける。しかし実はそれが……。

*身勝手というかヒドイというか、夜夢は、やりたい放題な行動をとる。だがあまりにもあけっぴろげなのでイヤミは無い。男にとって都合のいい反応はせず、自分の意思で生きている存在感がある。他人に媚びない意志の強さは、このヒロインに、自ら人生を切り拓いてゆく運命を与え、自己発見の物語を成立せしめているようだ。



第10話 カレーライスと言わないで

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(マイアニメ 1983年4月号)
"episode 10 : Don't say curry with rice"

Yamu barely could go ashore, and finds a store looks a cheap restaurant.
When she orders a curry with rice at there...

 海から上陸できた夜夢は、大衆食堂とおぼしきものを発見。ところがそこで「カレーライス」を注文したら……。

*僕らから見れば平凡きわまりない事が、よその世界ではとんでもない事として騒がれるという、ひっくり返った状況を描く。こうした「ナンセンス」はたぶん子供には通用しない(あるいは、読者によってはまるっきり意味不明になる?)大人向けのギャグではないかと思われるが吾妻マンガには青年誌の作品で時々登場している。
 僕らが常識と信じて疑わない事柄も、どこか別の世界から見たら奇怪なのかも知れない。落語の「一つ目国」みたいな皮肉が底流に感じられる。そうした価値観の行き違いに、ヒロインの夜夢は全て悟りきっているかの様に全く動じないのだった。



第11話 筆箱畑荒らし

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(マイアニメ 1983年5月号)
"episode 11 : a pen case patch thief"

Yamu left without paying the bill in order to defends (?) her identity as a schoolgirl.
She secures conclusive evidence that she gets closer to "the school" which she aims for, and...

 「学生であることのアイデンティティ」を守るため(?)食い逃げをした夜夢。目指す「学校」に近づいている確証を得るのだが。

*かくも熱心に学校へ行きたがる学生は、現実の日本には存在しないだろう気がする。志望校の入学試験に合格したいと切望する学生はいくらでもいるかも知れないが。そうした点を考えると、この作品を読んでヒロインに共感を覚えたという学生の読者は少なかったのではと思える。現実において多くの学生は、学校で勉強をしたいというより、出身校と言う肩書きや学歴、あるいは友達が目当てだったりするのではないか。
 しかし、本当なら学生は、学校で学びたいと必死になる人たちであるはずなのだ。奇妙に見えるこの世界の、奇妙に見えるヒロインの行動は、むしろこちらのほうが「(学生の)あってしかるべき姿」となっているとも言えそうだ。実は、ひっくり返ったこの世界の方にこそ、真実があるのではないか。



第12話 選ばれた勇者

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(マイアニメ 1983年6月号)
"episode 12 : The chosen brave woman"

Yamu is successful in meeting with friends namely students.
The president of student council says, the school "at last we found after had been took a long time", but "An enemy doesn't accept us with ease, so that we hide out unwillingly and are active in underground".

 夜夢は仲間、すなわち学生たちと出会う事ができた。生徒会長の言うには「長い間かかってついに発見した」学校ではあるが、「敵もやすやすとは受け入れてはくれず やむなく潜伏して地下活動を行っている」とのこと。

*このへん、日本の学校制度の特徴がからかわれているようにも見える。すなわち、卒業よりも入学がやたらと難しいシステムになっているという点である。入学は無試験だが卒業は難しい、という方式も国によっては存在するようなので、実際このあたり再考しても良いのかも知れない。
 竹製の定規が登場したり、学生の机がどうも木製らしかったり、1983年当時でさえ既に懐古趣味だったろう描写が見られるけれども、作者自身の青春の回想が入っているのであろうか。
 また、微妙な伏線とおぼしき描写がある。それは、仲間であろう他の学生たちが、あきらかに夜夢とは異質に描かれていることなのだが……。



第13話 生徒なんか大きらい

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(マイアニメ 1983年7月号)
"episode 13 : I detest pupils"

"In the past, I have had a very terrible experiences because of pupils" so that shut pupils out from school --- a principal says.
In this way, Yamu faces an all-out confrontation with teachers.

 「わたしはむかし 生徒たちに とても ひどいことされた」ので生徒を学校へ入れないのだと語る校長。かくて夜夢は教師たちと全面対決する。

*教師が生徒を嫌悪しているという状況は1983年当時の日本で現実にあっただろうと思われる。校内暴力などで学校が荒れているといった問題が指摘されるのは目新しいことではない。教育の現場で、理想の実現はなされておらず、生徒の側にも教師の側にも失望があったのだろう。果たして事態の解決はいかに?



第14話 流浪ふたたび

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(マイアニメ 1983年8月号)
"episode 14 : wandering again"

Finally Yamu succeeds in breaking into a school building. This is a moment that Yamu's wish is realized. But what she watches in there are...
And comes to an end in this legend as if everything was no more than a dream at night.

 ついに学校内へ潜入する事に成功した夜夢。それは彼女の夢がかなった瞬間だった。しかしそこで見たものは……。そして物語に幕が引かれる、全てはただ、夜の夢でしかなかったかのように。

*1960年代に日本国内を吹き荒れた学園紛争を髣髴(ほうふつ)とさせる物語ではある。作者の吾妻ひでおは昭和25年生まれだそうで、いわゆる「団塊の世代」の直後に青春をおくっていると思われる。が、この物語に政治的な風刺は含まれていないようだ。そしてそれゆえ、語られる主題が普遍性を持ちえているように思う。



オールナイトひでお

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(マイアニメ 1983年9月号)
"Allnight Hideo"

This is not a tale, but a report how author is getting along.
A title seems to a parody of a famous radio program.

 これは物語ではなく、作者自ら近況を語る内容。題名はラジオの深夜放送番組のもじりと思われる。白夜書房の『ビデオ版写真時代』に出演した事、当時放送中だった『ななこSOS』についての感想、『SFイズム』の対談で谷山浩子に会った事などが記されている。担当となった渡辺氏から次回作へのリクエストがあり、これが後に『ユーカリ荘物語』で実現しているらしい。「原作物のネタも入ってる」とあるが、この件については何を指しているのか、この企画が実現したのかどうか不明。



「怪しくない来客簿」①~④

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(単行本(1984)書き下ろし)
"A list of nonstrange visitors"

Eccentricities of fan who came to author's workshop.
It is unknown that these stories are facts or fictions.

 仕事場(?)へやってきたファンたちの珍妙な言行を描いているもの。どこまで実話なのか不明。新しい作品に対して、以前からの吾妻ファンが失望するといった"作者と読者のすれちがい"について言及がある。ファンは作者が時とともに別人のように変化してゆくことを望まないものなのかも知れない。



やさしい罠

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(マイアニメ 1983年10月号)
"A gentle trap"

A schoolgirl finds odd creature that has a depressed appearance, and it ambushes with his trap on the deserted street.
A girl wonders about this sight, therefore she speakes to him...

 女子中学生(らしい)「あたし」が人けの無い住宅街を歩いていると、さえない外見の珍生物が路上でワナをしかけ、待ち伏せしているのを見かける。一体これは何事かと声をかけてみたら……。

*この珍生物には名前があって「よし夫」というのだが、ミニティー夜夢の「みそっかす無人島」にも「良夫」というキャラクターが登場している。この両者は性格もちょっと似ているように感じられるのだが、作者はこの名前に一定のイメージをいだいているのだろうか。そしてどちらの「よしお」でも共通しているのは、いかにも思春期の少年が悩みそうな問題をかかえこんでいる事だ(そしてそれが、誇張された幻想として描かれている)。



10月はたそがれの少女たち

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(マイアニメ 1983年11月号)
"The October girls"

5 midget stories consisting of an illustration and a monolog.

 挿絵が1葉に、ちょっと一言……といった、絵本のような構成で、5つの物語が記されている。えらくさらりと描かれているので、何だかアマチュアが同人誌で発表する作品を連想させる。
 しかしアマチュアの目でこうした作品を見ると「何て勿体無いことを」と驚かされる。描かれている5つの場面は、膨らませれば5つの掌編が創作できるのではと感じられるから。しょっちゅうネタに枯渇する素人の立場だとこういう思い切った真似はできないのではないか。読みきり短編を何十年も発表し続けてなおアイディアに困らない作者の想像力はやはりとてつもなく豊かなのだろう。
(この題名はレイ・ブラッドベリ(Raymond Douglas Bradbury)の短編集『十月はたそがれの国(The October Country)』をもじっているものと思われる。)



趣味の生活

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(マイアニメ 1983年12月号)
"A hobby life"

Father's hobby is a dwarf potted plant, but he grows only curious varieties.
Hinako who is his daughter has a hobby that is not at all inferior to her father's in curiousnes.

 父親の趣味は盆栽だが、珍種ばかり育てている。その娘である「ひなこ」の趣味も負けず劣らずで……。

*「父は趣味に生きる人です」という、なんともおとなしいナレーションで始まるこの物語は、やや風変わりだが現実的な描写から入ることによって、後に続く「まさか」と思うような幻想に説得力をもたせてある。さらに、無関係と思わせておいた(父と娘の)2つの要素をちゃんと結びつけた形で幕になる。たった5ページでこのような構成になっているのは見事だと思う。



ユーカリ荘物語①

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(マイアニメ 1984年1月号)
"A story of eucalyptus apartment house ①”

A young man moves to a huge and confused apartment house.
He walks about and looks for the room no.365, but he cannot find it, and what is worse...

 一人の若者が、巨大でごちゃついたアパートへ引越してくる。彼は365号室を探して歩き回るのだが発見できず、そうしているうちに……。

『オールナイトひでお』の記述をもとに推察すると、これは編集者からのリクエストが先にあって生まれた作品なのではないかと思われる。部屋の番号がわかっていてもたどり着けないといった事はアスペルガー症候群(広義の自閉症の一種)の人には現実に起きるらしいが、とくにそうした考証が根底にあるわけではないだろう。目的地へ行けないという不安やもどかしさはこの前のシリーズ、『ミニティー夜夢』にも描かれており、当時の作者の内面をいつの間にか反映している部分もあったのかも知れない。



ユーカリ荘物語②

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(マイアニメ 1984年2月号)
"A story of eucalyptus apartment house ②”

A hero roams around apartment house where likes a labyrinth, but he is at a loss, and scavenges a garbage can.
Then a gigantic rat comes out...

 迷宮のようなアパート内をさまよう主人公は、途方に暮れてゴミ箱をあさる。するとそこへ巨大なネズミが現れて……。

*特にギャグらしいギャグも無く展開するこのシリーズにあるのは、現実と非現実の交錯する不可思議な世界の、独特な雰囲気である。必ずしもギャグを含まないというのはしかし、1970年頃から既に吾妻マンガにはあったことで、読者によっては意外な印象を受けるかも知れないのだが、もしかするとむしろこれで普通なのかも。
 この主人公には1つの特徴が見られる。それは、女を好きになるよりは女に好かれる受身なタイプであり、それでもどこか孤独から救われず、自分の部屋(おそらくはくつろげるであろう、自分の為の居場所)を探し求めねばならない宿命を背負っている事である。浮浪者と呼ばれる身になってしまったりするあたり、後の作者自身の現実の人生の予兆になっているかにも見えて、複雑な読後感を与える。



ユーカリ荘物語③

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(マイアニメ 1984年3月号)
"A story of eucalyptus apartment house ③"

The hero looks for his room, and wanders in the apartment house.
Presently, he falls into a trap likes a doodlebug's.
How the matter would end...?

 主人公は部屋を探してユーカリ荘の中をさ迷う。すると蟻地獄の様なワナにかかってしまうのだが、その底で彼を待ち受けていたのは。

*このシリーズはこれが最終回となっている。次回作の表紙で作者が記しているところによれば「ザセツしました」との由。興味深い舞台設定だっただけに惜しい(ある種のゲームにはよく登場する”ダンジョン”の様な面白さがあるのだが)。主人公の名前は最後まで明記されず、彼がユーカリ荘へやってきた経緯や、この迷宮アパートの外の世界はいったいどうなっているのか等、いろいろ謎の多い物語世界である。主人公のうつろな瞳は『二日酔いダンディー』をほうふつとさせるが、もしかすると彼自身、自分が何者で何をしようとしているのか見失っていたのかも知れないという印象を受けたのだが、どうであろうか。



「暗い酒」他3篇

(単行本描き下ろし 1984年12月)
"a gloomy liquor","a radio","When I fall asleep","a dream"

These midget monologs are notes of author's daily life.
We can know interestingly his circumstances in those days.

「暗い酒」
「ラジオ」
「眠りにつくとき」
「夢」

*これらは作者の日常について語られているもので、当時の生活ぶりなどが分かって興味深い。「ラジオ」には、「真夜中たった一人で仕事をしていると」云々の記述があって、アシスタントなしでの執筆が行われていた時も場合によってはあったらしいことがうかがえる。また、机上にある電気スタンドの形状が独特で(蛍光灯の上部にあるカサが中央に裂け目を持つデザインである)、詳細は不明だが面白い。また「夢」に、「鶏鯉というのはめずらしく、シラフで眠った時、見た夢」とあり、「自分の漫画の解説をしてしまった。もうだめだ。」と結ばれている。ここからすると作者は、自作について補足的な発言をするのを好まぬらしいことが分かる。これは読者としては少し残念なのであるが……。



鶏鯉

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(マイアニメ 1984年4月号)
"A chicken-carp"

There is a vast room looks like Japanese-style in a dimness, then a girl enters.
Strange to say there are trees, a pond, and mysterious cleature that has a chicken's head and carp's body, swimming in there.

 周囲がほの暗い空間のなか、ひどく広い和室のような場所があり、そこへ少女が入ってくる。畳敷きなのだがそこには樹々もあれば池さえあって、その池には、頭部がニワトリ、身体はコイのような生物がのんびり泳いでいるのだった。しかしそこへ……。

*作者が眠っている間にみた夢がもとになっているそうだが、「夢」を絵に再現して描くと言うのは(あの独特の不明瞭な感じもあって)かなり難しいのではと思えるのに、やってのけているのだから驚かされる。それにしても、眠っている時でさえ、架空生物に関心をいだいているらしい吾妻ひでおの内面とはいったい、どう理解したらよいものやら。興味深くも珍しい作品になっている。



愛なき世界

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(マイアニメ 1984年5月号)
"A loveless world"

"To be frank, I'm an OTAKU who is a gloomy enthusiast."
A hero introduces himself so, and buys a "Doujinshi( coterie magazine )" about "Koro-koro-Polon"...

 「僕ははっきりいって 暗いマニアの おたくである」
そう自己紹介する主人公は同人誌即売会で『コロコロポロン』のファンジンを購入するが。

*アニメ雑誌の連載マンガでこういう内容なのは何とも危なっかしい気がするが、読者の反応はどうだったのだろう。「ロリコンだけはきっぱりやめたぜ!!」と宣言している主人公、しかし着ている服にはメンソレータムの商標の看護婦さんとおぼしき絵が見えるあたり微妙な矛盾があるようで苦笑させられる。「通俗」を軽蔑して独自の探求を目指すうちに、やがて道を踏み外し、誰にも話が通じない世界へ行ってしまうといった暴走は、おそらく現実のマニアたちにもあり、傍目に失笑を買うはめになっているのかも知れない。
 しかし情けないのはそういう点ではなく、いつのまにか金儲けをたくらむ方向に堕して(つまり研究対象への「愛」は無くなって、カネを愛するようになり)自らが通俗そのものな行為におぼれているのに気づかなくなるところにあるのだろう。
 作中にとりあげられている『金星金太』というのは『少年画報』1956年8月号から連載開始した、平川やすし先生によるマンガらしい(江戸時代を舞台とした、相撲取りが主人公の物語だとか)。インターネットなど存在しなかった当時にこのような事をさらりと描いている作者の遊び心には驚かされる。もしかすると少年時代に愛読しておられたのであろうか?
 なお、邦訳で同じ題名になる曲が存在するようなのだが("A World Without Love"1964年)、おそらくこのマンガの内容には関係無いのではないかと思う。



富乱先生の憂うつ

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(マイアニメ 1984年6月号)
"Ms.Fran's melancholy"

Ms.Fran, a teacher of biology, is beautiful and stacked but she is a single woman of 28.
She thought "Why I cannot marry" and came to a conclusion as "It's not my fault, merely there are no man who matches with me." therefore "I determinded on making a man so.".
A schoolboy, Monsda, one of Ms.Fran's pupil, volunteers for her experiment on his body...

 生物教師である富乱先生は美人でグラマーだが未婚の28歳。「なぜ自分は結婚できないのかと」考えたあげく、「私に欠陥があるわけではない 世の中に私に見合う男が一人もいないだけなのだ」と結論し、「そーゆーのを一人作ることにした」。教え子である悶州田は先生の人体実験に志願するも……。

*男子学生が女教師によって身体をいじくられるというのは何だかマゾヒスティックな設定だが、年上の女性というのは少年の青春においてやはり永遠のテーマだろう。とはいえこれは題名にあるとおり女教師の物語であって少年は語り手であるに過ぎない。
 問題があるのは自分ではなく世間(の他人たち)のほうであると結論してしまう姿は滑稽だが、万人の陥りやすい誤謬(ごびゅう)として普遍性があるだろう。別に特定のタイプの女性たちを皮肉っているわけではあるまいと思われる。
 もしかするとロックオペラの「ロッキー・ホラー・ショー」が元ネタかも知れない(フランクンフルター博士が人造人間と結婚する、というくだりがある)のだが、よく分からない。
 吾妻ひでおにとってマッドサイエンティストというのは、豊かに波打つ長い黒髪を持ち、眼鏡をかけている人物というイメージがあるのかも知れない。例えば『ななこSOS』にレギュラーで登場する四谷がそうであるし、さらにこの女教師に似た風貌の人物が『オーマイパック』の第三話『壮烈!変身大作戦』でも現れている(週刊少年チャンピン、1972年10月2日号)。



ダーティ・マリー

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(マイアニメ 1984年7月号)
"Dirty Mary"

Mary the space bounty hunter, makes a gunfight with "Tome Magellan". But Mary is very clumsy, and...

 宇宙の女賞金稼ぎであるマリーは、賞金首である"マゼランのトメ"と銃撃戦になる。しかし彼女はどうにもそそっかしい性格で……。

*「ダーティ・ペア」のパロディかと思いきや、原作がTVアニメになり放映開始されたのは1985年7月。つまりこの作品はそれより1年早く発表されているので関係は無いようである。1974年に邦画(日活)で「すけばん刑事 ダーティ・マリー」という作品があった(これはおそらく1971年の米映画「ダーティハリー」をもじっている)ようなので、それにひっかけたのかも知れない。宇宙SFに西部劇が混在するようなアメリカ趣味の舞台設定は、映画「STAR WARS」で見られるので、ヒントになっているのだろうか。
 宇宙空間でも宇宙服なしで大丈夫な主人公たちは、科学考証なんぞまるっきりお構いなし。このへん、考証ばかりで発想の柔軟さを失いがちなSFマンガへの風刺が根底にあるのかもと感じさせられる。なお、おたずね者の名前にあるホイヘンスというのはオランダに実在した学者(土星の環と衛星タイタンを発見した事などで知られる)のそれからとっているのではないかと思われる。



パンドラ

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(マイアニメ 1984年8-12月号)
"Pandora"

At night, at residential area, a cat is chased by a girl. The girl catches the cat and extends something likes tentacles from her body, at last the cat exhaust his strength. Then a boy passes by and the girl hides herself, but she makes a something very little creature from her finger, and dispatches it to the boy. The creature bites the boy, but he keeps his calm, and moreover...

 夜の住宅街、1匹の猫が少女に追われている。少女は猫を捕らえると、身体から触手のようなものを伸ばし、それによって猫はぐったりしてしまう。そこへ少年が通りかかって少女は身を隠すが、少女は自分の指から小さな怪物を生み出して少年に差し向ける。怪物は少年に噛み付くが、少年は平然としたままで、そのうえ……。

*いろいろと異色な作品ではある。全25ページの中篇という形式も吾妻マンガにしては珍しければ、少年誌に掲載されたものでギャグが皆無というのも珍しい。また、群衆場面をよく見ても、他の作品でおなじみの脇役キャラクターたちは描かれていないようだ。さまざまな点で、吾妻マンガ"らしく"ない。
 おそらく1982年のSFホラー映画『遊星からの物体X』がヒントになっていると思われる。登場する怪物のデザインが左右非対称で不定形だったりするのは、他の吾妻作品に登場するものと感覚が違うので異質な印象を禁じえない。
 さて、劇中にこんな台詞がある。
「ちょっとしたきっかけでコピーが生まれてしまう しかもコピーのコピーは本体とはまるでかけはなれたものになるんだ」
 映画『遊星からの物体X』(The Thing)(1982)は、『遊星よりの物体X』(The Thing from Another World)(1951)という白黒映画のリメイクである。さらにそれにはドン・A・スチュアート(Don A. Stuart) (ジョン・W・キャンベル・ジュニア(John Wood Campbell, Jr.)と同一人物らしい)の 『影が行く』(Who Goes There?)(1938)というSF小説の原作が存在する。いわば"コピーのコピー"と言うことも出来るだろう。何も明確には言及されていないが、吾妻ひでおは原作小説の2度目の映画化に複雑な心境だったのかも知れない。
 主人公である少女がどのような経緯でこんな体質になったのか、騒動はいかにして収拾されたのか等については何の描写も無くばっさり切り捨てられていて、全ては読者の想像にゆだねられている。この辺の構成や演出は大胆であり、余韻を残すものになっている。

付記:
 拝受したご教示によれば『影が行く』には更に元ネタがあるとのこと。アメリカの怪奇小説作家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(Howard Phillips Lovecraft)による『狂気の山脈にて』(At the Mountains of Madness)がそれで、調査隊が南極で異様な形態の生物の化石を発掘するという内容らしい。ああ、知らなんだ、お恥ずかしい……。



ミャアちゃん官能写真集 Part1

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(ミャアちゃん官能写真集 無気力プロダクション刊1981年8月)
"Miyah-chan Kannoh Shashinshu"

(This is a portraits collection of heroine of "Scrap Gakuen". Author supposed that the heroine is an actual person, so that he named this work "Shasinshu (meaning : a photograph collection)". There are no particular story.

*「スクラップ学園」ヒロインの写真集という設定で、特に物語はない。本編である連載作品には「ミャアちゃん官能写真集出版記念パーティーの夜はふけて」(1981年10月22日号)という回があり、それによればこの出版物は「プレイコミック」読者へも抽選でプレゼントされたようである。初版は同人誌即売会にて頒布されたらしいが詳細不明。
 鏡の場面で「うそ」が描かれているが、構図としての演出か。
 ルーズソックスが大流行するはるか以前に、この娘が自分流の着こなしとしてわざとやっていた事がこれを読むと分かる。



仁義なき黒い太陽 ロリコン編

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(「ロリコン大全集」群雄社出版 1982年5月31日)
"No duty black sun / a volume of Lolita complex"

"A Lolita complex" had came into fashion among a part of Japanese young men at the beginning of nineteen eighties. But there were some factional strife, so that author compares their arguments to struggles of Japanese crime syndicates.

*80年代の初頭には、マンガやアニメのファンである若い男たちの間で、”ロリータ・コンプレックス”が流行(?)した。サブカルチャーとしてのそれを担ったのは主に若いアマチュアやセミプロたちであったが、好みの違いなどからいろいろ派閥のようなものがあったらしい。本作はそれをヤクザ映画ふうに描き、当時の人脈図を説明する内容となっている。



ラナちゃん いっぱい泣いちゃう

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(月刊OUT 1980年7月号)
"Lana weeps so much"

This is a parody of "Mirai shonen Conan" the animated cartoon TV films directed by Hayao Miyazaki. Lana was a character of this TV program, and she was very popular with Japanese viewers in those days.

*NHK地上波で放送されたTVアニメ「未来少年コナン」のパロディ。題名にあるとおりこれはマドンナ役であるラナという少女にスポットを当てており、肝心要であるはずの主人公、コナンは登場しない。が、しかし、主人公のとある特徴に注目し、とんでもないキャラクターにひねって描き、登場させている。元ネタであるアニメを観ていないとさっぱり分からない内容であろうが、読んで分かった読者にしても、苦笑したか、怒ったかのどちらかだったのではあるまいか? 原作アニメで主人公以上に人気があったラナは大和撫子タイプのキャラクターであり、演じた信沢三恵子は当時の雑誌インタビューでは「現実にいそうでいない」少女、と語っていたように記憶する。



わんぱく丈くん

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(「SFアドベンチャー増刊号」1982年)
"Joe the naughty boy"

This is a parody of "Genma-Taisen" the Japanese sci-fi novels. Author replaces the war to decide a destiny of the human race to the little children's quarrel.

*元ネタである原作はSF小説家の平井和正による「幻魔大戦」で、宇宙の破壊者である幻魔から地球を守る超能力者たちの戦いを描いた、とてつもなく長いシリーズである。いっぽうこちらの吾妻マンガはたった4ページ、ご町内でのガキどうしのケンカという最高にどうでもいいような舞台設定に置き換えて描かれている……。
 主人公の少年を見ても、つくづくかわいらしい絵柄なのだが、それでありながら平気でとんでもない冗談を飛ばすので読者は驚かされる。このへん、吾妻マンガの特色と言えるだろうか。



完全なるプティアンジェ

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(遊 1981年4月号)
"complete Ptite Ange"

"Ptite Ang(i)e" is a heroine of animated cartoon films. This is an exaggeration of an ardent fan's investigation(?).

*初出誌の「遊」について詳細が分からないが、同人誌なのかも知れない。
 何か好きなマンガやアニメがあると、人はそれに関連してあれやこれやうるさくなる。作画がつたない、声の演技が未熟だ、脚本が大味だ、演出が平凡だ、関連商品である人形が似ていないしデッサンが狂っている等々。そういったファン心理を根底にしてか、ここでは「完全なる」ヒロインを探し求めてさまよう主人公(どうも吾妻ひでお本人らしい?)の姿を1ページでまとめている。
 「女王陛下のプティアンジェ」は1977年12月から1978年6月に放送されていたTVアニメで、本放送当時はあまりヒットしなかったらしい。ところが吾妻ひでおはこの番組(あるいは主人公)が好みだったらしく、自作のあちこちでちらっと描いて見せており、「やけくそ天使」では主人公の阿素湖素子がいきなり何の脈絡も無しにその仮装をして1コマ登場したりしている。こうした遊びというか楽屋落ち的なことが一定期間続くうち、オリジナルである番組への関心がフィードバックする形で世に巻き起こってゆき、アニメ雑誌で小特集記事が組まれたりするようになったようだ。
 なかには「ロリコンキャラのきわめつけ」等の解説を付して特集を行い、吾妻ひでおにその扉ページのイラストをカラーで描かせたりしていた記事もあったと記憶する。その時だったか、番組制作者へもインタビューをしていたのだが現場としては不本意な出来の作品だったようで「再放送? 絶対に観る気はありませんね」と語っていたのに対し、同じ記事内で載っていた吾妻ひでおへのインタビューには「映画版アンジェは作られないんですか!?」といった発言があって、その惚れこみぶりを明らかにしていたようである。
 「女王陛下のプティアンジェ」は吾妻ひでおをアニメの世界へ誘い込んだ作品であると同時に、吾妻マンガが後にTVアニメ化されるという逆流を実現するきっかけにもなったのかも知れない。



完全なるプティアンジェ 怒涛編

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(「アンジェ」1981年12月号)
"complete Ptite Ange / a volume of Storm"

This is a kind of parody exaggerates feature of original story.

*「アンジェ」というのは同人誌ではないかと思われるも詳細不明。
 〆切から逃げまわっている吾妻ひでお(?)が蛭児神建に出会って始まるこの作品は、のっけから楽屋ネタになっており、忍者(?)らしき描写があるのも無茶苦茶な感じがする。それでも、たった3ページでまとめて、かつオチがついている(??)あたり、アマチュアの遊びとはやはり違うようだ。
 忍者、というのは珍妙な方向へ話が展開しているようではあるが、番組の本放送当時に吾妻ひでおのアシスタントであった沖由佳雄が次のような意見を語るのを直接ご本人から聞いたことがある。
「女王陛下からもらった許可証で何でも出来る、っていうのは、ありゃ007だねえ」
 これはうがった分析に思われる。そもそも題名からしてイアン=フレミング(Ian Lancaster Fleming)『女王陛下の007』(On Her Majesty's Secret Service)のもじりであろうと感じさせるし、内容は推理小説ふうなアニメであったからだ。ヒロインのアンジェは警察に協力する素人探偵というよりもむしろ秘密諜報員に通じる立場なのではないか、といった印象は吾妻ひでおも受けていて、そのへんから、このようなパロディが生まれたのかも知れないと感じたのだが、どうであろうか。
 作品中の台詞にある”一体(いったい)さん”というのは、僕の記憶が正しければ”一休(いっきゅう)さん”を元ネタにしたマンガの題名で、その主人公は満月のような頭部しかない(そこにはわざとイヤな第一印象を与えるような目鼻立ちが埋め込まれている)という前衛趣味なもの。



めぞんギガント

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(漫画の手帖 1982年 No.9)
"Maison Gigant"

Two animated cartoon films, "Mirai shonen Conan" and "Maison Ikkoku" ,are mixed and rewrited to this parody.

*高橋留美子のマンガ(TVアニメにもなった)『めぞん一刻』の設定を、TVアニメ『未来少年コナン』の登場人物に置き換えて描いている。しかしなぜか主人公であるはずのコナンは出てこない(かわりにコナという少女が出演する)。ラナは成人の女性として出ており、ここも原作とは違う。元ネタになっている両方の作品の内容に通じていないと意味不明になってしまうのではないかと思われる。また、『めぞん一刻』にも男性主人公がいて、美貌な未亡人である管理人に恋する役回りなのだが(一説によれば吾妻作品の『やどりぎくん』がヒントになっているという)、こちらの役も登場していない(ように思われる)。つまりは、双方の主役を抜きにしてこのパロディは描かれている。犬(豚)まで出演しているというのに。合成の元ネタになっている作品は、骨子において似ているのかも知れない。それは、皆から惚れられるマドンナを太陽として、その周囲に個性豊かな人物が惑星となって回っている構図であり、その宇宙を動かしている力は、とどのつまり「好き」という情念だ。
 主役が留守だと物語はいかに混乱するかを示しているようでもあり、主役などしょせん観客の分身だから個性的な脇役がそろっていれば主役は居なくたっていいかも知れないという実験にも見える。たった2ページだが、珍妙な味にまとまっている。



野獣の檻

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(JUNE 1983年9月号)
"The cage of beast"

An aesthetic schoolgirl appears in this short story. (Title originates in an etymology of "Fauvism".)

*掲載されたのは”耽美派”としばしば呼ばれる、若い女性たちが読者となる雑誌のはずである。が、どうしたことかこのわずか4ページのマンガには容姿のさえない男どもばかり登場する。
 ヒロインは瞬時に変身して女忍者となり、あるものと戦うのだが、本当は要するに「美的でない(と読者たる彼女たちが裁く)もの」への嫌悪を描いているかにも見える。
 この作品はコマ割りが無く、1枚のイラストレーションのような画面構成で描かれている。
 「野獣の檻(おり)」というのはもともと絵画の領域で言われた言葉らしい。20世紀初頭に出現した一群の作品を見た批評家が「野獣の檻の中にいるようだ」と語り、それがもとになって「野獣派(フォーヴィスム)」という名称が用いられるようになったという。
 まるで読者の女性たちに皮肉を言っているようにも見えるが、この題名からしてみると、吾妻ひでおは、自分の美意識に真摯な少女たちに理解を示し、ささやかに応援しているのではあるまいか。



MAIDO ONAJIMI

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(JUNE 1983年5月号)
A young wife hands over used papers to a dealer. What he gives to her in compensation for that is...(In Japan at those days, not an administrative agency but a private enterprise taken wastepapers collection. "MAIDO ONAJIMI" is their street cries.)

 若奥様が台所にいると、古紙回収業者がやってきたので古新聞を渡した。普通は代金がわりにトイレットペーパーなどを置いてゆくはずなのだが、この業者が残していった物は……。

*性に関する幻想譚(たん)であるため、きたならしい印象にならないようにというわけか、題名がローマ字表記である。コマ割りも台詞も効果音もナレーションも無く、イラストのような形式で4ページのマンガになっている(最後に一言だけ台詞らしきものはあるが)。新妻も日本的な生活感はまるで無いお嬢さんのように描かれ、現実味を除去しているようだ。
 最近だと、古紙回収などの資源リサイクルは地方自治体が率先して行っているかも知れないが、80年代初頭ではまだ民間業者にゆだねられていた。そうした業者は小型トラックなどで町内をゆっくり走行し、スピーカで呼びかけて客を探した。その際の口上が「毎度お騒がせしております、おなじみ、チリ紙交換でございます、古新聞・古新聞などございましたら、トイレットペーパーとお取替え致します……」といったものだった。この作品の題名はここからとったものらしい。当時としてはひどく日常的な生活の一場面であった事柄が、ここでは絶対あり得ない幻想と結びつけて描かれているわけで、こうした調合の妙は興味深い。




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