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11 ひでお童話集

(はじめに)

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"Hideo Dohwa Shue"
(meaning : Children's stories by Hideo)

"Hideo Dohwa Shue" is a collection of short stories. It is clearly stated in the title that this collection is for children, but in fact, all stories are for adults. Please be careful about it.
It is very difficult to introduce outlines of these stories, because these are experimental and nonsensical. Some of them has no clear plot, and in some cases the story contains immoral.
If you prefer avant-garde experiment to orthodox style, these stories must be intriguing for you.

 「ひでお童話集」は読み切り掌編のオムニバスで、漫画アクション増刊に掲載された作品群だ。この連作をメインにした単行本は僕の手許には2冊あって、「Hideo Collection 1 ひでお童話集(双葉社 ACTION COMICS、 1984年12月9日)」と「吾妻ひでお童話集(筑摩書房 ちくま文庫、1996年12月5日)」がそれになる。おのおの収録作品が少し異なるため、ここでは両方をテキストに用い、紹介してゆこうと思う。
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 なお、題名に”童話集”と銘打ってはあるものの、ホントに児童向けとして執筆されたものではなく、成人向けの内容である。あらかじめ警告(?)させていただく。



ぐろぐろ動物ランド

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(単行本描き下ろし 1984年10月)
"guro-guro dohbutsu land"
(meaning : very grotesque animals' land)

There is not especially story. You can watch unrestrained illusions. It seems that the author dare pursues bizarreness that is the exact opposite of beauty or prettiness, by his creation of strange animals. But there is no grotesqueness of physical violence or terror, such as something bloody cruelty.

*特に物語は無いようだ。ここに展開するのは自由奔放な幻想である。トビラに姿を見せている有翼の美女から明らかなように、魅惑的(そしてエロティック)な想像上の生物を産み出すのは、けだし作者にとってあまりにもたやすい事なのだろう。だが「そんなのありきたりで、面白くも何ともない」とばかりに、作者はあえて奇怪なものばかりを創造し、「美しさ」や「可愛さ」ではなく正反対の方角に位置する「悪夢」をむしろ探求しているかに見える。とはいえここに”暴力”や”恐怖”のグロテスク(例えば、他の生物を生きたまま喰う、と言った類の残酷さ)の要素は見当たらない。察するに、作者は豊かな自然の中で少年時代を過ごし、それを通じて培われた自然への畏敬が、こうした幻想(さらには自身のSF作品における趣味嗜好)の根底に流れているのではないだろうか?
 架空生物をテーマとするSF小説では、筒井康隆の作品に『ポルノ惑星のサルモネラ人間』というのがあるようで、ひょっとするとヒントになったのかも知れない?



神様 ほか3篇

(漫画アクション増刊 いしいひさいちの がんばれ!!タブチくん!! Part2 1979年4月22日号)
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"A god"

A poor god calls on a house of poor human being and asks for a lodging for the night.

<神様>
・貧しい神様が、貧しい人間の家へ一夜の宿を求めてやってくる

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"king"

A king gives his 3 princes the ordeal that he will hand over his throne to whom will exterminate a huge snake.

<王様>
・王様が、3人の王子のいずれか、大蛇を退治した者に王位をゆずると試練を課す

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"A strange crow"

A crow which speaks human language visits and helps a poor girl.

<不思議なカラス>
・貧しい少女のもとへ、人間の言葉を話すカラスがやって来て助けてくれる

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"devil"

Cultivating the soil, devil has a human visitor who sells his spirit.

<悪魔>
・畑で働いている悪魔の所へ、人間が自分の魂を売りに来る

* These stories are very short, so that it is difficult to explain outlines.
Characters that are described are regular members in European fairy tales. But in this collection, each story starts from the exact opposite of the usual way. Such as, a god like a good-for-nothing with preternatural power, uncool princes, useless magic and devil who is naive than human being.

*各話がとても短いため、粗筋を説明するのはちょっと難しい。描かれているのは、西洋の童話ならば定番として登場しそうなキャラクターたちである。が、ろくでもない超能力者みたいな神(じっさい彼の頭上にあるのは光る輪などではなく、ただの”左巻き”の渦でしかない)、ちっとも美男子ではない王子たち、何の役にも立たない魔法、人間よりよっぽど勤勉で真面目な悪魔など、定石をわざとひっくり返したところから話が始まっている。
 なお、悪魔の話で台詞にある「うつうつうつ」というのは、「ウフウフウフ」という含み笑いが誤植されたのではないかと僕は思ったのだが、双葉社の本でも筑摩書房の本でもここは「うつうつうつ」となっているようだ。



のた魚 ほか2編

(漫画アクション増刊 スーパーフィクション 2 1979年8月31日号)
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"Nota-Uo"

A fisherman lands a huge strange fish. But the mysterious creature is useless (for human being), moreover be harmful.

<のた魚>
 漁師が巨大な怪魚を釣り上げる。

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"Meri-Meri-Kikori"

A sexual perverse woodcutter helps a hungry dwarf. The woodcutter is not interested in making money, but his virtue strikes terror into our heart.

<メリメリ木こり>
 性倒錯の木こりが腹を空かせた小人を助ける。

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"kindhearted girl"

A poor unselfish girl helps another person with her possessions. Is her drastic self-sacrifice rewarded ?

<やさしい少女>
 貧しい無欲な少女が自分の持つもので人助けをしてゆく。

* Maybe these stories make a mixed impression on readers...

*ギャグ漫画と呼ぶには読後に苦味が残る作品群だろう(警告:以下、ネタバレになるおそれがあります)。
 「のた魚」では、何の益も無い(人間にとっては、だが)ばかりかむしろ有害と思える謎の生物が描かれる。もし一所懸命に生活し何らかの生産的な活動をする事が”健全”な生き方であるとすればこの「のた魚」は全く逆の事を具現しているようだ。その存在が広めるものは無為徒食の堕落、或いは擬似的な死でさえあるかも知れない。しかし、感情も行動も全て捨ててしまった虚無の境地というものにも、実は平安があるのではないか……。そんな危険な提言がにじみ出ているような印象のある1品。
 「メリメリ木こり」の主人公は変質者なのだろうが、その屈折した性欲を唯一別にすれば無欲な人物として評価できそうである。ただ、常人が大切にするであろうもの(それには人命さえ含まれている)に何の価値も感じないため、他者に恐怖をもたらすことになる。おそらく一般的に美徳とされるであろう無欲や純粋さというものが、ただそれだけで本当に良きものであるのかどうか? そんな皮肉を感じさせる。
 「やさしい少女」では、徹底的な自己犠牲をつらぬく主人公の哀れな末路が描かれる。何のみかえりも求めず他人を助ける事は確かに美しいとしても、それが最善なのかどうか、えげつない利己主義者たちから一方的に食い物にされるばかりで全く何も報われず、むしろ卑劣な悪人たちを増長させてしまうだけではないのか……? そんな疑問が提示されているかに見える。
 もしこういった掌編が、読後に嫌な味わいを残すとすれば、おそらくそれはこれらの作品が嫌なものを含んでいるというよりは、僕らの生きる(或いは生きざるを得ない)この現実社会が、直視するのはつらい醜悪なものをおびただしく内蔵してしまっているからなのではないだろうか……。



ラプンツェル ほか2編

(漫画アクション増刊 スーパーフィクション 3 1979年12月11日号)
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"Rapunzel"

A beautiful girl Rapunzel is confined in her room. She longs for freedom, so tries to contact with boys by all possible means. But, is there someone good who makes her happy in the world out of her room...?

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"A set meal restaurant of Bremen"

Weaks become independent and act in a body. But, is their aim admirable ?

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"brother and sister"

Once upon a time there were a boy and a girl. They were brother and sister. They were living simply and happily, but a god, a devil and a Death come along one after another to their small house. ...What is substance of tiny happiness ?

* These are parodies of famous European children's story. It seems that there are something allegories, or unrestrained imaginations.

*有名な西洋童話のパロディになっているようだ。何かの寓意が秘められているようにも思えるし、特にそうした設計はせず自由な空想を描いてあるようにも見える。
 無意識でやっている事でも実はその根底に意識があり、ただ本人がそれに気づいていないだけ、という考え方でゆくなら、いろいろ推理はできるのだが、はて?
(警告:以下、ネタバレになるおそれがあります。)

 たとえば「ラプンツェル」では、奇特な環境を例えに用いて、あまりにも厳格に管理され過ぎて育てられている”箱入り娘”が自由と真実を求める姿を通じ、人間の尊厳をうったえるのが原作のねらいであったとすれば、「そうは言っても、”外の世界”に幸福なんて本当にあるのだろうか」という疑問が投げかけられているかにも見える。
 「ブレーメンの定食屋」では、弱者たちも団結する事によって活躍できる、といったところが原作のテーマだとすれば、このマンガでは、殆ど創意工夫も無くありきたりな日常を繰り返すだけの生き様になる(=”定食屋”)のが真実なのではあるまいか、といった反論であろうかという印象だ。
 「兄妹」では、どんなに偉い存在にも干渉されず自由に生きられるというささやかな幸福こそ美しい、といったところがもともとのテーマだとすれば、「つましい幸福というのは所詮、例えるならオーガズムのように一瞬ではかない、ただそれだけのものなのかも」という不安や諦めが根底にあるかにも感じられる。
 読者はこれらのマンガにどんな感想を持つだろう……?



眠れる美女

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(JUNE 1984年9月号)
"sleeping beautiful woman"

A prince of bad conduct, buys a prostitute. Strange to say, she is keep sleeping and doesn't come to her senses. And even worse ...

 原作ではたぶん、王子が接吻すると美女の目がさめてハッピーエンド、というものなのだろうが、ここに出てくるのは、王子が王子なら、美女も美女で……。

*掲載された”JUNE”は女性誌だが性描写にも寛容な編集方針をとっていたようで、そのへんから、「最も少女らしい夢物語、と言えそうな御伽話が元ネタだが、紐解いてみると……」という設計でこういうマンガになったのかも知れない? 所詮女なんて男の性の為の玩具、お人形のようなものでしかないのか、といった失意はしばしば女性側から言われる事のようだが、果たして女性読者たちの反応はどうだったのだろう、気になるところではある。



おおおおお(ごたまぜ篇)

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(漫画アクション増刊 スーパーフィクション 4 1980年4月19日号)
"Ohhhhh (gotamaze-hen)"

* (gotamaze-hen = a chapter of mixed up)
This is an omunibus story which is based on various famous children's stories. Parodies of famous movies are found here and there, too (such as Francis Ford Coppola's "Apocalypse Now").

*おもに西洋の有名な童話から取材し、1コマ、2コマ、3コマなどの掌編をオムニバス構成してある。日本の特撮映画(『大魔神』?)やアメリカの前衛戦争映画(『地獄の黙示録』?)をパロディにしているらしいものも混在。
(警告:以下、結末に言及しています)
 これで解決、めでたしめでたし……と思ったら、全然何も解決せず、恐怖をそそるほどにさっぱり進まない話がマンネリズムのようにいつまでもいつまでも続くだけだった……といったくだりは、ハッピーエンドがほぼ鉄則とされそうな「童話」というものの不自由さに対する風刺であろうか?



おじいさんとおばあさん(日本むかし話篇)

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(漫画アクション増刊 スーパーフィクション 6 1980年12月6日号)
"old man and old woman (a chapter of Japanese folk tales)"

This story is based on various Japanese folk tales. However this is not an orthodox parody but thoroughgoing nonsense comedy.

*(警告:以下、結末に言及しています)
 サブタイトルにある通り、色々な日本の昔話を元ネタにしてある。が、「おや、これはSFかな?」と思わせておいて突然切り替わり、時代考証もへったくれも無く女子高生が登場したり、挙句の果てには”おじいさんとおばあさん”が途中から全然関係無くなってしまったりと敢えて無茶苦茶のやり放題。おとなしいパロディにはおさめず徹底的なナンセンスで暴走させている。



ニンジン嫌いの魔法使い

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(ニューファンタジーコミックの世界 1982年10月25日号)
"warlock of a carrot-hater"

A boy who has a tail like a squirrel, wanders about a forest. He dreams of becoming a foremost warlock and getting married to the girl be in love with each other. At last he finds his way to warlock's house, asks to be apprenticed to the warlock. But ...

* Can we recallect our childhood days, and what we dreamt ? Has our dream now been realized ?

 リスの様な尻尾を持つ少年が森をさまよう。彼は一流の魔法使いになって、両想いの少女と結ばれる未来を夢見ている。ついに魔法使いの家へたどり着き、弟子にしてもらおうと頼み込む。しかし……。

*(警告:以下、結末に言及しています)
 ごく普通の立身出世物語みたいな出だしであるが、やっと会えた師は何をやっているのやらよく分からないお方で、何の苦労も無くあっさり弟子入りがかなう。そして、これまた何の苦労も無しにあっさり魔法使いとなれて、主人公の大願は成就してしまっている(だから、このマンガにおいてそのような事柄の達成までの”過程”は、どうでも良いものとして殆ど切り捨てられているようだ)。
 さて、魔法使いになってみるとそのとたんに、主人公の考え方がおかしくなる。師と同じく訳の分からない事に精進し、自分の名前も忘れ(つまり彼は今や、自我も個性も全く失ってしまい、しかもそれを自覚していない)、最終目標だったであろう恋人の事さえもが思い出せなくなってしまうのだ。
 主人公の切望したところは、少なくとも半分は実現した。だが彼はそれによって幸福になれたのだろうか? もしかしたら無価値な事の為に毎日必死になっているだけなのではあるまいか? 主人公にはもはや、それさえも判断できなくなってしまっているかに見える。
 ……ぼくらが幼かった頃、願った事は何だったろう? 我々は、それをはっきり思い出すことができるであろうか。ぎくりとさせられる問いかけが、こっそり埋め込まれているような読後感のある1品。



ネリマー国物語 Oの泉篇

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(マンガ少年 1978年11月25日 増刊号
"The tale of Nerimar land : a chapter of fountain of O"

Hero buys "a set of 3 tools for dragon-extermination" from a dubious man, and starts on a trip for rescue a princess. Not long afterward he encounters a monster ...

 胡散臭い黒衣の男から「竜退治 三点セット」を売りつけられた主人公は、王女を救う為に旅立つ。やがて彼は怪物に遭遇するが……。

*しっかりした準備もせず、出来合いの商品を買って冒険に出てしまう主人公の軽率さがいけないのだろうが、世間の厳しさをさんざん思い知らされ、しまいに……という展開は、僕らの社会の悪い特徴をうまく描いているのではないか。
 サブタイトルは当時に作者の仕事場などが存在した(東京都の)練馬区西大泉をもじっているのではないかと思われ、してみると「ねりまーくに(し)ものがたり おーのいずみへん」と読むのかも知れない。



みかちゃんのぱんつ

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(レモン・ピープル 1982年12月号)
"little Mika's shorts"

When Mika casted her shorts off and peeing, a duckbill comes. It holds her shorts in its mouth and walks off. Little Mika runs after the duckbill and falls into a hole at a garden ...

 みかちゃんがぱんつをぬいでオシッコしていたら、かものはしさんがあるいてきて、大事なぱんつをくわえていってしまいました。みかちゃんはかものはしさんをおいかけてゆき、にわのあなにおちこむと……。

*マンガではなく、挿絵と文で絵本仕立てになっている。動物がいろいろ登場することでほのぼのとした雰囲気にまとまっており、幻想もシンプルであるためか、擬似的児童文学みたいな味わい。なお、初出時は2色印刷だった。



蛮人ヒロコの逆襲

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(漫画アクション増刊 スーパーフィクション・スペシャル 1981年3月7日号)
"counterattack of barbarian Hiroko"

Living in peace under her own inertia, one day Hiroko is transferred to a world of "heroic fantasy" when she knocked down by a huge sea cucumber (???).

* There is another "sword and sorcery story" the titleof "barbarian Hiroko", but it seems have no relation to this story.

 ヒロコは「安易な日常生活に首までどっぷりつかっていたある日」、ナマコにはねられて(???)ヒロイックファンタジーの世界へとばされてしまう……。

*「安易な日常生活」から異次元へ行ってみたら、そこもまた安易な世界で、設定を少し変えただけで内容は殆ど同じなパラレル・ワールドがあるだけだった、というあたり苦笑させられる。商業ベースで創作がなされる場合に陥りやすい換骨奪胎(かんこつだったい)の焼き直しを風刺したものだろうか。あるいは、何もかもが作者によって用意されており可能性や自由の無い、創作世界の閉塞感を嘆いたものか。
 なお、『蛮人ヒロコ』という掌編も吾妻マンガには存在するのだが、とくにこの『蛮人ヒロコの逆襲』と、物語のつながりは無いように思われる。



妖精狩り

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(少年チャンピオン 1978年7月31日号)
"pixie hunting"

At a room of a boy who lives in a wooden apartment, a cockroach fell into his trap. But when the boy peeps into a trap, there was a pixie girl, too. She begs him,
"Release me please, I'll obey anything you say" ...

 木造アパートに住む少年の部屋で、仕掛けておいたワナにゴキブリがかかった。と思って中をのぞいたら、女の妖精も捕らえられている。「出してください なんでもいうことききますから」と頼まれて……。

*少年時代に自分もこんな空想をしたことがあったな、と奇妙な共感をおぼえる幻想譚。



つばさ

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(奇想天外増刊号 吾妻ひでお大全集 1981年5月号)
"wing"

Being a girl in a bedroom alone, ominous night air flows into the room through an window (it seems be out of order). When the girl goes there to shut the window, many strange creatures, something like bat, resemble in male genitals, get into the room. They swarm over girl's body, rip her thin nightgown and girl's fair skin to be uncovered ...

 少女が独りで寝室にいると、窓(その角度から見るにどうも壊れているらしい)から室内へ何か不吉な夜気が流れ込んでくる。窓を閉めるべく少女がそちらへ行ってみたら、男性性器に似たコウモリの様なものが何羽も入ってきてしまった。それらは少女の身体にまとわり付くと、薄手のネグリジェを破ってその下の肌をあらわにしてゆき……。

*(警告:以下、結末に言及しています)
 この作品にセリフ等は一切無く、静寂のうちに奇怪な幻想が展開してゆく。男の側から生まれた取り留めがない妄想のようでもあるし、女の側で脳裏に湧き出た悪夢のようにも見える。明確なのは「性」が主題になっているという事だけだ。時代も場所も全てはひどく現実離れしており不明瞭である。
 性行為の際、女の側に生じるかも知れない二律背反、すなわち、身体面では神経の伝達によって自然な反応として訪れる快感がある一方、精神面ではどうしても拭えない嫌悪や恐怖感がある、といったことが描かれているようにも見える。少女は「魚」を武器として使っているが(普通の寝室にそのようなものが置いてあろう筈はあるまい)フロイト心理学ではたしか魚は巨根への憧れの象徴で、そのへんからするとこの少女の”抵抗”は(当人が自覚していないとしても)本音ではないのかも知れない。
 いっぽう男(悪魔のような何か)はと言えば、少女を征服し目的を達成できたかと思いきや、少女は笑顔で夜空を自由に飛び回っている。少女にそれを可能にさせた(言わば「つばさ」を与えた)のは彼なのだろうに、どうも彼は優位にはいないようだ。まるで触手のように長いペニスを持っているにもかかわらず、少女を満足させ支配する事はできていないかのようである。
 性行為では男女双方とも、結局孤独なのではないかといった印象が、この幻想を悪夢にしているのだろうか?

 なお初出時には最後のページに「ヒント=フェリシアン・ロプス「略奪」」と記されている。フェリシアン・ロプス(Felicien Rops)は19世紀ベルギーの画家。


 『Hideo Collection 1 ひでお童話集』ではこのあと、『るなてっく』シリーズを収録しているが、既述であるため割愛。
 「Hideo Collection 1 ひでお童話集」のカバーは、「長い長い洞窟をぬけたら、そこは奇妙な生物たちが暮らしている深い森の中だった」というような絵になっている。ここに立っている娘はもしかすると読者の分身なのかも知れない。僕らは平凡な日常生活から抜け出してきて、吾妻作品の幻想の森へと足を踏み入れたのだから。



晩夏

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(漫画アクション増刊 スーパーフィクション 8 1981年9月5日号)
"late summer"

Crossing a footbridge, a man finds a witch girl is crying there. The man asks her,
"Why are you crying ?"
She answers,
"I was eager for meeting my old friends, but I couldn't find them anywhere ...".
The man has just thought of an idea, and says,
"I know them well" ...

 男は歩道橋を渡る時、そこで魔法使いの少女が泣いているのを見つける。「何が哀しくて泣いているの?」とたずねたら、「昔のお友達に会いたかったんだけど どこを捜してもいないの……」という答え。男はふと思いつき、「そのふたりなら僕が良く知っているよ」と言う……。

*(警告:以下、結末に言及しています)
 登場している少女はどうやら、日本における”魔女っ子”マンガの元祖、今は亡きかの巨匠による「サニー」(最初の企画ではこの名前だったといわれる)のようだ。成人としてではなくセーラー服で現れているあたり、彼女の時間は僕らの住む世界よりも何年かずれて(遅れて)いるらしいことがうかがえる。1960年代に元ネタのマンガまたはそのTVアニメを見たことがある読者でないと、何が何だか良く分からないのではあるまいか。この「晩夏」の発表当時の1981年ではまだしも、今となってはいささか解説が必要になりそうな掌編ではある。
 男は、主人公ではないだろうと思う。というのはこの男には、主人公として語られるべき特性が何も無いからだ。強いてあげるとすれば、何ら善悪の基準となるものを持っていないらしい(だから造語をするとしたら「不道徳」というより「無道徳」とでも表現すべきか)という点であり、そうした”すれっからし”でみみっちい小悪党というのはこの現実によく発見できる人物像ではある。しかしそういった人間について、この掌編は特に何かを考察描写してはいないように感じられる。ここで描かれているのは、あまりにも見え透いた嘘にあっさり騙され、酒に慣れていないため正体を失わされ、知らずのうちに抱かれて(強姦されて)しまう魔法少女の悲惨な転落である。
 しかも少女は父親に(おそらくは全ての事情を打ち明けてから)連れられて再び男の前に現れ、古風にも、正式な婚姻を成立させることで事態を収拾しようと努力する。ところが、この最後の、最大限度の譲歩と誠意をもってしたであろう対応さえもが、男の狡猾な一言(「普通の人がいいな」)で肩すかしを食わされてしまうのだ。少女は汚辱にまみれて去ってゆき、男の方はと言えば何ら罰を受けることも無く、何の反省も後悔も変化も無いまま、のうのうと昼寝を続ける。
 1960年代にはまだ存在した(或いは、存在したと人々が信じたがる)善良さや誠実さや真面目さといった要素は、この物語で何の敬意も称賛も与えられることなく踏みにじられている。しかも「もう夏は過ぎ去った」とばかりにさらりと流され、後ろへ捨てられてしまっているかのようだ。
 残酷で、嫌な物語ではある。
 だがこうした非情さが、”魔法”を持たずに日々を生きねばならない僕らの現実社会なのだろう……。



ストレンジ・フルーツ

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(JUNE 1982年9月号)
"strange fruit"

A girl in school uniform visits a doctor, because she believes that she "will be able to be a good-looking boy by an operation". She goes to the "Chinchi-ichi" with the doctor whether there are fresh article for sale, for transplant (?) ...

 「手術で美少年になれる」と信じて医師のもとを訪ねてきたセーラー服姿の少女。移植のため(?)彼女は医師と共に「新鮮な出物があるか」見るべく”ちんち市”へ行くのだが……。

*男性性器がなぜか海でとれる軟体動物のごとくに描かれている奇妙な話。これが掲載されたJUNEは女性誌なのだが、「男なんて、読者の皆さんが憧れているほど素敵なものじゃないかも知れないですよ」といった作者の苦笑が陰にあるのだろうか?
 "strange fruit(奇妙な果実)"というのはビリー・ホリディ(Billie Holiday)の歌や英国ロックバンドの名称にも用いられているようだけれど、このマンガと意味上の関係は特に無いのではないかと思われる(?)。



愛玩儀式

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(JUNE 1982年1月号)
"a pet ceremony"

A good-looking boy who wears glasses walks a road with drags a mermaid. They enter into "Nota-Uo public hall", open a door of a meeting place of some fan club. The boy is given a welcome, but the club seems dangerous a little ...

 眼鏡をかけた美少年が、女の人魚を引きずりながら道をやってくる。”のた魚公民館”へ入ってドアを開けると、そこは○○○○○○F・Cの集会場だった。彼は歓迎されるのだが、どうもちょっと危険な集まりのようで……。

*たった4ページのため、最初から現実離れした光景で始まり、これがどのような物語かを宣言してあって、およそムダが無い。掲載されたJUNEが少年愛を好んで扱う雑誌だったゆえか(ただし女性読者を想定したフィクションのみで、本来のそうした世界とはズレがあるとされる)、そちらの方向へ話が進む。とはいえ、「ここに来たら こういう物もっていても 奇異に思われないって聞いた」からやって来たという少年の台詞は、孤独に弱い人間の本質をうがっているようだ。



ラブ・ミー・テンダー

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(JUNE 1982年5月号)
"Love me tender"

A boy(?) in school uniform puts on makeup like a girl in front of a mirror. But ...

* This is an enigmatic pantomime.

 学生服の少年(?)が鏡に向かい、女のように化粧をしている。そして……。

*(警告:以下、結末に言及しています)
 全く台詞もナレーションも無い。そのためえらく謎めいているが、同時にちょっと分かりにくくもある。
 少年が女装してゆく過程のようにも見える。だが普通、少年は女がどのような手順や方法で化粧をするのか知らないはずだ。だから、少年と見えるのは実は、男装している女性なのかも知れない。さらにややこしいのは、これが「1人」の空想なのか、それとも双子(のようによく似た2人)の出来事なのかはっきりしないことである。描かれている裸身には乳房があり明らかに女のそれのようなのだけれど、そこにいるのが2人なのか、それとも自慰している女の空想なのか定かではない。
 ひねって受け取るなら、これは空想によってボーイズラブ(少年愛)の世界を味わう女性たち(それが読者たちであれ、作者たちであれ)の肖像画になっているのではあるまいか、とも思えてくる。皆さんの御感想はどうだろうか。
 タイトルと同名の洋楽があるが、この作品の内容と直接の関係は無いのではないかと思う。



ガデム

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(JUNE 1984年1月号)
"Gademu"

When a schoolgirl coughs at a washstand, a small insect looks like a stag beetle is vomitted. She picks it up, shows it another girl (They wear same school uniform), and collects it in a glass bottle. Two girls embrace each other on a bed. But when one girl takes off her clothes, it comes to light that she is a "hermaphrodite" ...

* "Gademu" seems to originate in an unite robot appeares in Osamu Tezuka's "Tetsuwan Atom (Mighty Atom, Astro Boy)" .

 洗面台で咳をしたら、小さなクワガタのような虫が出てきた。少女はそれを手に取って、もう1人の少女(2人とも同型のセーラー服を着ている)に見せ、ガラス瓶に貯める。それから2人はベッドの上で抱き合うのだが、裸になると一方の少女は”ふたなり”だった……。

*(警告:以下、結末に言及しています)
 最後のコマの欄外に手書きで「たんなるエロです」とある。ならば、そうなのかも知れない。強いて読み解くとすれば、「ではなぜ、作者の脳裏にこうした光景が浮かんできたのか?」という、無意識の更なる底をさぐる事になる。同性愛に半陰陽というのはいろいろな解釈ができそうだが、はて?
 ちなみにガデムというのは手塚治虫の「鉄腕アトム」に登場する合体ロボットからきているのではないかと思われる。こちらも”何か”の蓄積がやがて怪物に育つ、といった意味深長なものがあるような?



横穴式

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(JUNE 1984年5月号)
"Yokoanashiki (meaning : a tunnel system)"

A young woman excavates with a scoop and goes ahead sideways in the earth. Then a ceiling topples down and a man who has no hair appears. He seems to had been excavating near her tunnel ...

* You may find a nihilistic human relations that scarcely values others in this allegoric story.

 若い女がスコップ1本で地中を横方向へ掘り進んでいる。と、天井が突然崩れ、すぐそばで地中を掘り進んでいたらしい、頭髪の無い男が現れた……。

*(警告:以下、結末に言及しています)
 女が一体何の為に地中を掘り進んでいるのか理由は全く不明である。彼女は、自分と似たような事をしているという以外は何も素性が分からない男に食事をすすめ、男からは飲み物をすすめられ、共に食事し、それから抵抗らしい抵抗もないままセックスに及ぶ。それが済むと一緒に掘り進むことにするのだが、男は自分そっくりの人間を掘り当てて、それで目的は果たしたのか去って行く(彼は”自分”について模索していたのだろうか?)。そして男と女は「じゃあな」「じゃあね」で別れてしまっている。最初から最後まで、彼らには全く表情が無い。
 ひどく乾燥しきった、他人の存在が殆ど意味も価値も持っていないかのような人間関係がここには描かれているようだ。偶然に出会い、偶然で一緒になり、自分(あるいは自分の探していた対象)が見つかるとつながりは終わって、何事も無かったかのように別れる。
 ここで登場人物に名前は無いし、特に個性らしきものも見当たらない。地中を掘り進む(本当ならばそれは闇の中での作業になるだろう)のが彼らにとって”生きる”こと(を象徴している)なのかも知れない。



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(季刊コミックアゲイン No.1 1984年8月号)
"chain"

Robust cicadas are shrilling. It seems in a copse, there is a strange old wooden house, and a girl watches outdoors by the window as if she is absent-minded. The indoors of that house is covered its floor with tatami and be extensive, but there is an abnormality. A stake is driven in the center of the room, and the girl's ankle is chained up it. A young man passes by the house, notices the girl by the window, and speaks to her. But their conversation cannot continue satisfactorily. The young man goes away, but turns back because he is anxious about her. When he gets to the window of the house and peeps secretly into the room ...

 セミが鳴いている。雑木林の中だろうか、古めかしい木造の奇妙な家があって、その窓辺では独りの娘が外を放心したように見ている。家の中は畳敷きで結構広いようだが、1つ異常な点があった。部屋のほぼ中央に杭が1本打ち込まれ、それからのびた鎖が娘の片方の足首に繋がっているのだ。外を通りかかった青年が、窓辺に座っている娘を見、声をかける。しかしうまく会話が続かない。若者は立ち去るが、気になって引き返す。彼が家の窓辺に行き、こっそり中を覗くと……。

*(警告:以下、結末に言及しています)
 寓意による結果なのかどうかはまた別にして、奇怪なエロティシズムに独創性があると思う。グロテスクな昆虫の姿との対比によって娘の裸像はより美しく見えるようだ。ほの暗い室内に、暑さでじっとり汗ばんだ女体が畳の上に波打つのがぼんやりと見え、娘のくぐもった喘(あえ)ぎ声が聞こえてくるというあたりは薄気味悪いが淫靡(いんび)にも思える。時刻のはっきりしない点も不可思議な雰囲気を強めているようだ(室内での影があまり長く伸びていないから太陽はほぼ真上にある筈で、それゆえ窓辺に咲いているのはけだし昼顔だろうと思われるのだが……?)。
 細部にいろいろ謎がある。この家に大きな窓はあるものの、そこに窓ガラスや雨戸のようなものは無い(部屋の中で繰り広げられる儀式をわざと覗かせるべく設計されている?)。娘は青年と対話するが、助けを求める様子は全く無い(彼女は実は、囚われているわけではないのかも知れない。そもそも夏、日陰ではなくわざわざ窓際にじっとしているのが奇妙だろう)。現れる昆虫たちは人間ほどの大きさである上に、人間の女である娘を抱くが、その理由が分からない。娘の体内に射精を済ませると昆虫たちは畳の中へ沈むみたいに消えてゆくが、その向こうに何が待っているのかを知る手がかりは見当たらない。青年(会話をうまくなる為に本を買おうと考えるくらいだから、よほど孤独な暮らしをしているのかも知れない)の運命はどうなるのか? そして一糸まとわぬ裸身のまま気を失っていた(?)娘は、青年が消えてゆくやいつの間にか再び服(ブラウス)を着ている(衣服は幻影なのだろうか)。これら全てが”罠”だったとすれば、誰が何の為に仕掛けているのか?
 全ての謎についてぴたりと辻褄が合う説明をまとめられたなら、それはそれでちょっとした創作たり得ようか。インテリなファンにとっては魅惑的な課題になるかも知れない。



NAMAKO

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(マンガ宝島 1982年3月号)
"NAMAKO"

In a school. Plants put forth buds on the ground at a flower bed. In a classroom, a teacher is writing on a blackboard and schoolgirls (This school seems a girl's school) are studying silently. All of a sudden, the teacher spits out and falls down. Something suspicious-looking gets long from his body and it talks vague language which seems human's. Some schoolgirl tries to run away but all at once she ...

* "NAMAKO" means a sea cucumber in the Japanese language, but there is no telling whether it has something to do with this weird story.

 学校。その花壇を見るに、植物が地から芽を吹く季節である。教室では男性教師が黒板に向かい、生徒達(どうもここは女子校らしい)が黙々と勉強している。その時突然、教師が吐瀉(としゃ)するかのようにして倒れた。彼の体からは何か得体の知れないものが伸びてきて、よく分からない人間の言葉らしきものを喋りだす。1人の女生徒は逃げようとするが彼女もまた突然……。

*(警告:以下、結末に言及しています)
 「なまこ(海鼠)」であれば食用になる海洋生物の事だが、この物語と直接の関係があるのかどうか分からない。得体の知れないものの外見や質感からきた連想なのだろうか。僕はむしろ冬虫夏草(とうちゅうかそう:昆虫に寄生して育つキノコ)に似ていると思った。
 ……何かの拍子で「体内に隠していたグロテスクなもの」を外へさらけ出してしまう他人を見る時、僕らは驚く。そしてその「内側にグロテスクなものを隠している」のがその人だけではなく、実は周囲に同様の人達がいくらでもいるのを知ってぞっとする。
 1日が過ぎ去れば、そうした醜悪な事件も忘れ、僕らは人を許そうと努力する。だが一度目撃してしまった事実を忘れるのは無理なことで、またいつかあのグロテスクな何かが飛び出すのではと予測してしまい、もはや信じることもかなわず、完全には許せない。しかし、最も恐ろしいのは、自分の内側にもグロテスクな何かが潜んでいて、いつかそれが暴発し飛び出してきてしまうのではないかと不安を感じつつ自己制御しなければならない事なのかも知れない。



ローリング・アンビバレンツ・ホールド

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(マンガ奇想天外 No.3 1980年11月号)
"ROLLING AMBIVALENT HOLD"

A man is drawing a comic in a room. That place is so hot as he feels his sweat evaporates immediately. He comes to the end of his tether, and to be troubled with a means of solving. He tries to follow example of other who he looks up as his mentor but on the other hand, he wishes to exceed and sneer at it. Although he is conscious of his own bluff.

* This vision may be based on author's recall that of before making his debut.

 主人公は漫画を描いている。室内は暑く、流れる汗がそのまま蒸発してゆくほどに感じられる。主人公は行き詰まり、悩む。師とあおぐ先達(せんだつ)に手本を求めて道を見出そうとする一方で、それを冷笑して凌駕(りょうが)したい気持ちもある。しかしそれは虚勢を張っているのだと自分でも感づいている。そうだ、権威の前には謙虚であるべきだろう。しかし素直になってみると、若い自分には性欲もあり、そうした雑念が(冷笑を装ってみてもやはり)、自分をして他人を羨ましがらせる。うまく表現できないことへの焦りや混乱を静めようと楽器を奏でてもみるのだが、それに没頭しているとただの遊びに逃避しているように感じて結局安堵できない。他人に逆らえない自分の気の弱さにがっかりし、友人と話してもその反射によって自分を見出すばかりで、解決の糸口をつかむには至らない。これで良いのだろうかと悩みつつも、表現した自分の個性が他人、それも女から認められると嬉しくてしかたがない。成長したいと思ってはいるのだが、前途はあまりにも広漠としていて孤独である。真摯に取り組もうとしても自分自身の中にさえ不協和音が存在してうまく集束しない。ふと沸き起こる異性への憧れ、しかしそれに注目していると読者からは叱責が発生するようで、前途に立ちはだかるそうした障害を打ち破るにはナンセンスをもってするほかないように思える……。

*作者のデビュー前、修行時代を回想した幻影だろうか。この作品は「あらすじ」を説明しようにも非常に難しく、僕ごときが作文すると上記のようにそっけないものとなってしまう。原典を読んで戴くのが最善のようで。



きのこの部屋

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(季刊コミックアゲイン No.3 1985年2月号)
"a room of mushroom"

A man lives at a wooden apartment. He finds something likes a mushroom at a kitchen. He doesn't mind it and falls asleep. But it multiplies at night ...

* This is an experimental pantomime. The silence seems to creates an atmosphere of midnight.

 主人公は木造アパートのようなところに住んでいる。台所で「きのこ」みたいなものが育っているのを見つけるが、さほど気にもせず寝てしまった。しかしそれは、夜中にどんどん増えてゆき……。

*(警告:以下、結末に言及しています)
 この作品は効果音のみで台詞は全く無い。それが深夜のムードを出しているようだ。主人公が影法師のように真っ黒けな顔だったりと実験的な表現も見られる。
 『フランケンシュタインの怪物』(Frankenstein: or The Modern Prometheus)ふうの話で、ドラキュラ伝説みたいな雰囲気の部分もある。それでもどことなくユーモラスなのは不思議。作者は意外と、怪奇映画などをよく観ていたのであろうか(ちなみに吸血鬼というのは吾妻マンガで非常に多く出演している)。
 ふつう、室内にキノコなどが生えてくれば駆除を考えそうなものなのに、あれこれ実験してみるという方向へ進む主人公の妙に創造的な性格は興味深い。日光(紫外線?)でオチがつくあたりはサイエンスな要素が感じられ、吾妻流SF味になっていると言えようか。



夜の魚

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(SFマンガ競作大全集 Part25 1984年5月号)
"night fish"

Midnight. A praying mantis which is bigger than building is wandering about a town. But a man walks calmiy with a cigarette in his mouth and goes street where nobody on there. He steps on something and looks at his feet. There is a woman who has a miniskirt and she is lying facedown as if she is a drunkard. When the man takes hold of her hair and watches her face, she looks like bird or something. He pulls up her skirt, she seems have no lingerie on.
"Well, well, I made a profit."
The man says and takes his trousers off ......
090826

* There is no clear story in this illusion. It seems to be based on author's experience when he was young, but details are unknown. Almost character has no face of human being.

 深夜。ビルよりも巨大な蟷螂(かまきり)がうろついている。しかし主人公は全く平然として、誰もいない夜道をくわえ煙草で歩く。何かを踏んづけて足元を見たら、酔っ払いだろうか、ミニスカートの女が路上へうつ伏せに倒れていた。主人公がその髪をつかんで見てみると女は鳥のような顔をしている。スカートをめくってみると下着はつけていないようだ。
「よしよし 儲けた」
と、主人公がズボンを脱ぎ、後背位で挿入すると……。

*この作品に明確な物語は無いようで、作者の修行時代を回想した幻なのではないかと思われるも詳細不明。主人公と美女・美少女以外は登場キャラクターが全て、人間の顔をしていない。全体的にわざと薄暗く懐古調な貧乏くさい雰囲気で作画されており(かつて存在した前衛的な漫画雑誌『ガロ』あたりに載っていそうな感じがする)、他作品からいきなりこれを読むと、同一の作者によるものとは思えず驚かされるかも知れない。性に対する本能的な欲望と失意、持病(「真黒なうんこ」は内蔵で出血がある時の自覚症状らしい)、社会の平均からはみ出し責められているかに感じる孤独と涙、先の見通しがぼんやりした、うら寂しい日々がつづられる。
 冒頭、巨大な蟷螂(かまきり)のイメージは特撮映画"The Deadly Mantis"(1957)がもとになっているのかも知れない(作者は別に特撮映画のファンではないだろうと思われるのだが、ごくまれにそうした要素が作中に登場する)。



笑わない魚

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(SFマンガ大全集 Part28 1984年11月号)
"fish which doesn't laugh"

A man is walking alone night town no one be found except for a strange monster. Living a nocturnal life, the man has various experiences that one cannot meet with in the daytime.

 主人公は、妖怪でもさまよっていそうな夜の街を歩いている。夜行性の生活をしていると、昼間には見聞きできないような事をあれこれ経験する。ヤクザがビールの残りをくれたり、インチキくさい物売りに声をかけられたり。陰気で恐ろしげな歌を聴いても反射的な嫌悪を感じることはない。さんざん眠ってようやく起床すると、部屋にあるゴミ袋が、同居している唯一の友みたいに感じられたりする。ぞんざいな料理をして、独りぼっちの食事。煙草をふかし、寝そべって読書をしていると、またすぐ夜になってしまう。無生物が生物であるかのように見え、奇妙な感覚が鋭くなってくるかのようだ。そして、自分と似たような生活をしている友人達が訪ねてくる。志を同じくする若者が集えばそこに議論も起きる。その日暮らしのような仕事。異性への憧れ。貧しさ。安酒を飲んでも酔う幸福より先に吐き気がやってくる。酒のせいで聞かされる、友人からの辛らつな批評。収入は独り身なのに不足している。人並みにパチンコなどもしてみるのだが……。

*特に物語は無い(ギャグも無い)が、平凡なようでもあり奇異なようでもある、主人公の日常が幻想となって描かれている。作者がまだ独身であった頃の日々の記憶であろうか。夜の生活が続いたせいか聴覚が研ぎ澄まされ(昔日には、都会であっても深夜は、闇と静寂が存在する世界だったのだ)、いろいろな音を録音してみたりしているのも興味深い。孤独と平安を同時に味わわされる青春像には普遍性もあるのではないだろうか。若い女をものにする”絶好の機会”でもやはり躊躇してしまう、主人公の純情さが微笑ましい。
 題名になぜ「魚」があるのか分からない。ただ心理学では、ペットとして魚を飼うような人は”常に新しいものを求めるタイプ”だと小耳に挟んだことがある。作者はいつも模索していて、この現実と言う水中を泳ぎさすらっているのであろうか。
 (「吾妻ひでお童話集(筑摩書房 ちくま文庫)」(1996)はここで終わっている。)





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