陽射し -reissue-

(2018年11月30日初版発行) *画像はケースの表側

 書名にある通り『陽射し』を再構成している出版物。また、『十月の空』など、他の書籍で初収録されていた作品も含んでいるようだ。

 このため、個々の作品については紹介済みのものがほとんどなので、それらの説明はここでは割愛させて頂こうと思う。

 本書の収録内容は、おおよそ以下の通り。

『妄想画廊』
『陽射し』
『水仙』
『水底』
『夕顔』
『午後の淫荒』
『夜のざわめき』
『不思議ななんきん豆』
 著者解題 「陽射し」編
 イラスト・スケッチ 7葉
『海から来た機械』
『美少女製造の手引き』
『マイ・タウン』
『赤い風』
『夢の少女』
『十月の空』
『妄想のおと』
『元祖COMIC・MARKET19 ポスター』
 著者解題 「十月の空」編
「パペッティア通信Vol.3」表紙イラスト(1984年6月10日)
『永遠のセーラー服』
『みかちゃんのぱんつ』
「レモンピープル」イラスト3葉
『ぬいぐるみ(原作 川又千秋)』
『ラナちゃんいっぱい泣いちゃう』
『晩夏』
『NAMAKO』
『ストレンジ・フルーツ』
『ガデム』
「レモンピープル」イラスト1葉
『遊歩道』
『帰り道』
著者解題 「帰り道」編
あとがき

*画像はケースの後ろ側

 この書籍は判型が大きく、A4になっている(注:いわゆる教科書サイズの「A5」ではない)。そのゆえもあって値段が高く、税抜き価格で8,000円ときたもんだ……。生原稿の原寸(これは雑誌掲載される時のそれよりも一回り大きく描かれ、印刷段階で縮小されるのが普通であろう)に近づける目的でこうなったらしい(?)のだが、そういった意図から考えても、マンガ単行本というよりは複製原画集に近いものと言えそうである。ケース(函)に入っているという贅沢な仕様は、さきに発売された『吾妻ひでおの自由帖』と同様だ。 


 書籍じたいは堅表紙で製本されており、中味の紙質が良いこともあって、ずっしり重い。上の画像はカバーの表側。 


 そしてこちらがカバーの後ろ側。


 本書には、付録として複製原画が1枚、同梱されている。これが少々ユニークで、左下隅に「通し番号」入りだ。さながら版画だね。 


 また、版元の復刊ドットコムで購入した場合は、先着特典としてB3サイズのオリジナルピンナップ(上の画像)がもらえる。これも非常に精密な印刷物で、生の原画かと見まがうほどに良くできており、驚く。

 8,000円という定価は財布にこたえる。「冗談じゃないよ!」と却下される場合も、相当あるんじゃなかろうか? とはいえ、「なろうことならば原画がぜひ1枚欲しい、けれど、とてもじゃないが手は届かない」というファンにしてみれば、ありがたい企画でもある。そうそう実現する機会はないだろうし、低廉な量産品が粗悪になるのは当然であるのと同様、高品位な複製が安価には作れないのも無理からぬ事だと思う。

 フルカラーや白黒原稿の他、雑誌での初出時に赤黒2色印刷だったものが、原画はもっと繊細な淡い色調で描かれていたのも、本書では確認できる。 


 いっぽう、「印刷サイズが大きいので、原稿の所在が不明な作品は収録を見送」られたようだ(P.63『著者解題』)。これが理由なのか、同時期に発表された作品『さまよえる魂』は今回、残念ながらこの書籍には入っていない。

 『著者解題』で個々の作品が解説されているのはきわめて貴重であり、ちょっとこれまでの単行本では、無かった事だ。これは本書の、特筆されるべきもう一つの利点だろうと思う。『純文学シリーズ』という名称が編集者によるものだったとか(P.64)、初出当時の楽屋裏の事情が語られていたりするのも興味深い。

 もし僕の知るところが正しければ、1970年代末、日本のアマチュアたちによるマンガ創作活動は加速して発展した。これはたぶん、乾式ゼロックス・コピーの普及により疑似的な少部数印刷が個人レベルで実現可能となったのが一因ではなかったかと思える。史実の細かい話は略すが、ともあれ印刷と製本・出版の諸環境の変化は日本のマンガ文化の構造などにも変遷をもたらし、さらには、プロとアマチュアの間、大規模出版とミニコミ誌との間にあった深い谷を埋めてゆく役をになった観があるのだ。


 吾妻ひでおは1980年前後、プロの漫画家でありながらそういった絶妙な亜空間に出入りしていた人で、そういった前衛的な立場にあって記した足跡が、この『陽射し -reissue-』には、まとめられ、収められているように思う。


 マンガ同人誌の即売会である「コミケット」の案内書の表紙を描いたり、小規模生産のSF関連雑貨を発売していた「ゼネラルプロダクツ」の定期ミニコミ誌『パペッティア通信』の表紙を画いたりした記録がここに保管されているのは、そうした意味でも有意義だろう。


 時代背景についての小うるさい説明は本書には無いが、それによって画集としてのまとまりを実現してもいる。とりわけ、当時を経験している者が本書をひもとく際には、ドアを開けて画廊に足を踏み入れるような充実感を味わえるだろうと思う。


 SF小説に詳しい人でないと分からないであろうヘソ曲がりな画題をわざと選んだりしている一方で、誰もが共感できそうな「可愛い女の子」を描いたりしている吾妻ひでお。僕ら読者はその術中にはまって手玉に取られ、苦笑しつつそれを楽しんでいる。