悶々亭奇譚

 これは『吾妻ひでおベストワークス』の1つとして、復刊ドットコムから2016年9月20日(奥付けにある日付)に発行されたもの。

判型はおよそ 182 × 130 mmで、326 ページ。

発売前に版元の復刊ドットコムへ購入予約した場合、特典として複製色紙がもらえた。


 左下に小さな文字で「復刊ドットコム『吾妻ひでお ベストワークス 悶々亭奇譚』特典 NOT FOR SALE」とある。これが書いてなかったら生原稿と見間違えそうな良い出来だ。大きさは約 295 × 210 mm。珍しく思えるのは、水墨画みたいな描き方をされている事。右上には龍のような生物(?)がいる。さては正月あたりに描かれたか? と思いきや、右下のサインには2016.4.25の日付がある。

 巻頭には4ページ、フルカラーの図版が収録されており、『みだれモコ』のヒロインらが高品位な再現印刷で拝める。

 その中には『AZUMAギャラリー 「モコ」』(月刊OUT 1994年12月号)や、週刊少年チャンピオンの表紙に使われた肖像(1976年11月15日号)まである。僕の知る所がもしも正しければ、これら2つの画像が書籍へ再録されるのは今回が初めてではないかと思う。

 本書の内容は大ざっぱに言うと、『パラレル狂室』・『プランコ君』・『みだれモコ』、これら3つのシリーズの全話に、読み切り掌編6つを加えたもの。うち、単行本への収録が今回ほぼ初めてになるのは1本(『カラス』)だけ。この点、ちょっと残念。

 とは言え、いずれの作品も、それらを収録した単行本はおそらく既に絶版となって久しく、これから入手して読むのはいささか困難を伴うだろう。それを考えると今回の収録と発行は大変有意義なはずだ。

 以下、収録されている順序に従い、紹介してゆこうと思う。

悶々亭奇譚
リュウ Vol.1 1979年5月号

海馬
少年/少女SFマンガ競作大全集 Part7 1980年9月号

ふらふら少年漂流記
少年チャンピオン 1978年9月4日号

墨東奇談
『天界の宴』 1984年12月

パラレル狂室
高1コース 1978年

プランコ君
コミックギャング 1977~1978年

*これらの作品については旧サイトで紹介済みなので割愛(それぞれ、下線をほどこした部分にリンクがあります)。


(未発表 1972年)

「朝にカラスがなく時は 必ずなにか良くない事がおこるものです………」
 小学校の校庭なのだろうか、1羽のカラスがいる。せきばらいをするそいつを見つけ、
「みて~~でっかいカラスだよ!」
と、少年が教室の窓際で、室内のみんなに呼びかける。
「本当だ」
「やあ すごいなァ」
 先生をはじめ全員が窓に集まって見ていると、カラスは嫌な大声で鳴くのだった。
「き、きみはいったい何をやってるんだ!」
 先生がそう問うと、
「発声練習ですよ」カラスが答えた。こいつは人間の言葉を使えるらしい。
「さあ みんな席について 珍しくないだろう カラスなんか」
 先生はそう言って生徒たちの注意を引き戻す。
 ところが最初にカラスを発見した少年だけは、こっそり教室を抜け出し、校庭へ出る。
 その少年はカラスに水をやって、フータロウと名乗る。腹をすかせているらしいカラスに、フータロウは、
「ぼくの べんとう あげようか?」
と、たずねるけれど……。

いったいどれだけの年月、この作品が単行本に収録され、読めるようになる日が来るのを待たされたことか!!!

 実を言えば同人誌の『吾妻ひでおに花束を』(虎馬書房 1979年12月31日)には収録され、「発表」されてはいた。しかし一般の書店に流通する書籍ではなかったゆえ、とても入手が難しかったのだ(僕は未だに所持していない)。トビラの画像だけは『吾妻ひでおCD-ROM WORLD』のデータベースで見ることができたのだが、その内容は完全に「謎」だったのである。

 この『カラス』の詳細は不明だが、興味深い手がかりはある。ここに登場している少年と同じ名前の主人公が登場する作品で、『フータロウ』(冒険王 1972年 夏の増刊号)という読み切りがあるのだ。同じ1972年に執筆されているうえ、同じ名前の少女も登場する。根拠は無いが、さては、この『カラス』が雑誌の編集者によって没にされ、かわりに『フータロウ』のほうが掲載されたのだろうか?

 やっぱりこの『カラス』は、謎の作品ではある……。

タバコを買いに
ビッグコミック 1975年1月15日 増刊号

みだれモコ
少年チャンピオン 1976年

*これらの作品については旧サイトで紹介済みなので割愛(それぞれ、下線をほどこした部分にリンクがあります)。

 で、本書の巻末を締めくくっているのが、鼎談(ていだん)だ。

 アイドルの西田藍と、書評家・SF翻訳家である大森望が、吾妻ひでお本人を相手に語る。とりわけ、うら若き女性ファンによる発言の数々には驚かされるくだりも多い。

本書は、たいへん便利であろうと同時に、貴重な珍品(?)にもなっていると思う。