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06 翔べ翔べドンキー

①ドンちゃんなんて呼ばないで

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(プリンセス 1979年4月号)
"① Don't call me Don-chan"

Yuko Taiyo got into the Lemon junior high school. She is in great spirits at the start of her new life, but she makes mistakes from the very biginning...
("Don-chan" is a nickname, roughly speaking it means "a happy-go-lucky person".)

 太陽夕子は今日から檸檬(れもん)中学校の1年生。心気一転、新しい生活の始まりに張り切るのだが、のっけから失敗ばかり。はたして彼女の学園生活はどうなる?

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*吾妻ひでおは少女マンガも幾つか描いている。秋田書店では「プリンセス」で1975年1月号から『おしゃべりラブ』を1977年9月号まで連載し、その次に1977年10月号から1979年3月号まで『オリンポスのポロン』(これはテレビアニメ化されたので最も有名だろう)、そして『翔べ翔べドンキー』がこの後に始まった。ただ残念ながらプリンセスでの作品連載はこれが最後となり、徐々にSFなどマニア色の強い領域での執筆が多くなったようだ。
 単行本カバーには以下のような著者自身の言葉がある。
”女の子の心理はむつかしい 第一非論理的だ 私に描けるわけがない だからドンちゃんは男の想像による女の子で これはどちらかというと男の人むきにかいた しょーじょ漫画なのです”
 こうした生い立ちのゆえか、作者は公式サイトにおいて「元祖萌え」コミックとしてこの作品について語っていたと記憶する(2005年)。
 「少女マンガ神経病む」などと書かれた貼り紙がテレビの裏側にあったりするのがこの第1話に見られるけれど、もしかすると送り手としては少年マンガ等の制作とはまたかなり違う苦労を伴うものだったのかも知れない。この「翔べ翔べドンキー」も連載は9ヶ月で、1年間は続かなかったようだ。
 バスの車内を描いたコマに、ちょっとくたびれた様子の男子学生が1人居て、胸に「30才」と名札(?)を付けているのが見える。作者は1950年生まれらしいので、この作品が発表された当時およそ三十路の直前だったと思われ、そのへんから推すにこれは自画像なのかも知れない。



②あたしホントにお姉さん?

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(プリンセス 1979年5月号)
② Am I truly an elder sister ?

Today is the Mother's Day and Sunday. Yuko takes care of household chores in cooperation with Asako, her younger sister. And they make their mother to go to a concert. Asako is a reliable girl, so she deals efficiently with her business and goes out. Yuko stay at home with her father, but they are frantically busy because of their inexperience in housework. Then father's subordinates come to see Yuko's father...

 今日は母の日でかつ日曜日。夕子は妹の朝子と協力し、家事の一切を引き受けて、母には音楽会へ出かけてもらうことにした。しっかり者の妹は割り当てを手早くすませると外出してしまい、夕子は父と二人でてんてこ舞いになる。そこへ父の部下である社員たちが客としてやってきて……。

*ごく普通のホームドラマである。おっとりしている父親はさえない風貌ではあるが娘を適切に励ます善人で、そのまま夜の7時ころテレビアニメまたは実写ドラマで放送したとしても全く違和感は無いだろう。作者の人柄の真面目な側面が出ている作品に思われる。
 (以下は記憶を頼りに記すことで正確さに自信が無いのだが)1973年にアメリカで出版されたエリカ・ジョング(Erica Mann Jong)の著作『飛ぶのが怖い』(Fear of Flying)は日本でも当時話題になり、それ以降、社会通念や常識の範囲を逸脱(いつだつ)して極端な行動をする人物をさして「とんでる」と表現する俗語が流行したようで、このシリーズの題名に「翔(と)べ」とあるのは、それの延長から来ており、失敗にもめげず飛翔するようにと主人公(そして読者たち)を応援しているのだろう。



③やっぱり変かな

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(プリンセス 1979年6月号)
"③ Am I strange as you say ?"

Yuko studies hard as she takes examinations from this day onward. In fact, Yuko is a very good scholar, but she has some strange weak points. For conquer that, she calls on Kaichou, the honor student, with her classmate Ran...

 今日から中間テストだというので、夕子ははりきって勉強している。実は学力はかなりある夕子なのだが、おかしな弱点を持っていた。その解決を願って、夕子は友人の蘭(らん)と共に、優等生である海潮(かいちょう)のもとを訪ねるのだが……。

*試験を受けるテクニックなどでは実際的な助言といえるであろう台詞も見られる。とにかく真面目な作品ではある。友人の有栖 蘭(ありす らん)は美少女で秀才なのだが打算的で陰険といったリアルなマイナス面を持つ少女で、純真無垢な夕子と対比されますます嫌な女の子に見えてしまうようだ。
 夕子のあだ名である「ドンちゃん」は、題名からするとドンキーの短縮らしいが、これは英語(donkey)だと「まぬけ、頑固者」という意味もある。日本の方言で「どんくさい」や「どん」というのがあるようで、これも褒(ほ)め言葉ではないようなのだが、やはりこのへんから付けられたあだ名なのだろうか。



④おつきあいってどうするの?

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(プリンセス 1979年7月号)
"④ How to associate with a boy ?"

In a classroom, girls talk about nothing but an association with boy. But "Don-chan (Yuko)" is too innocent to mesh with their subject. In spite of that, she receives a love letter, and her classmates are astonished by it. They make a textbook, and start to give special training to Yuko...

 クラスの女生徒たちは男女交際の話題でもちきり。同級生らに比べてドンちゃんの”ねんね”ぶりは著しく、まるで話が噛み合わない。そんなドンちゃんにあててラブレターらしいものが届いたからさあ大変。蘭たち女生徒一同はテキストを作り、ドンちゃんに特訓をほどこす事にしたのだが……。

*これまた現実に中学生が悩みそうな題材を取り上げており、いかにも児童・学生むけのマンガらしい内容。ただ、それにしてはポルノ映画館(70年代末にはまだビデオデッキさえ家電として普及していなかったため、そのような「不健全娯楽」施設が盛り場には存在した)だの喫茶店だのが登場してはいるのだが。
 今回、お父さんが教訓的な一言をぽつりと語るくだりは無い。それでも物語は優しい結論をほのめかして幕を引く、人はみなそれぞれでよいのだと。



⑤恋のかけひきまかせてね

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(プリンセス 1979年8月号)
"⑤ Entrust me tactics of love"

Yuko and her friends go to a training camp of volleyball club. But Yuko alone does earnestly her best. Her friend Ran is waiting a chance to be close to Kaicho who is the upperclassman she admires. Ran asks Yuko for help, so Yuko makes efforts, but everything brings about unfortunate results...

 バレー部の合宿に出かける夕子たち。が、生真面目に頑張っているのは夕子ばかりで、友人の蘭は憧れの先輩である海潮に接近する機会をうかがう。蘭から手助けを頼まれて努力する夕子なのだが次々と裏目に出てしまい……。

*男子の場合だと「先輩」を好きになるという例はまれかも知れないが、女子においてはよくあるかと思われ、それだけにこうしたクラブ合宿というのが貴重で胸をときめかす時なのだろう。事は意外にすんなりとは行かず、片思いが錯綜して三角関係をより複雑にしたような事態になってしまうあたりは現実的。心配し狼狽する母(今回はこの人までが夕子を「ドンちゃん」と呼んでいる)と、まるで落ち着いている父の対比が微笑ましい。東京オリンピック(1964)以後に学校の女子用体育着として普及したブルマーが当時はまだ一般的だったので、夕子たちの服装もそれになっている。



⑥彼ってとってもヘンな人

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(プリンセス 1979年9月号)
"⑥ He is a very strange man"

After the summer vacation, there is a strange boy at the school Yuko goes to. It seems that he believes himself stylish, but he looks to others as if he is a fool, so that girls turn their backs on him. But when he asks Yuko to have a date with him, she agrees easily...

 夏休みも終わった夕子たちの学校に、ヘンな少年がいる。本人はかっこいいつもりらしいのだがはたから見るとバカとしか思えないので、女生徒たちから総すかんを食う。しかし、その彼が夕子にも声をかけると、あっさりデートをOKされて……。

*異性を意識し過ぎるあまり、自分を極端に演出し道化のようになってしまう男子はこの年齢だと現実に存在するものだが、標準から「ずれている」主人公の夕子はまるで偏見も先入観も無しにそういう男子と真正面から対応し、ために意外な真実を発見するという展開は興味深い。何とかして女子に好かれようと必死になる男子の姿は男の読者には苦笑をさそうのではと思えるが、少女たちはこうしたコメディをどんな気持ちで読んだやら? 母親が娘のデートを応援するというのは一般的な反応かどうか疑問も感じるが、微笑ましい。



⑦これでもいっしょうけんめいよ

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(プリンセス 1979年10月号)
"⑦ Even this I'm trying as hard as I can"

A school field day is close at hand, so pupils choose athletes for a relay race of interclass. In spite of Yuko is a marvelous slow runner, at last she is choosed as an athlete because of other runners' troubles. Girls of Yuko's classmate struggle desperately because they anxious to evade their defeat...

 運動会が近づき、クラス対抗リレーの選手を決めることになった。夕子は驚異的な鈍足なのだが、なぜか他の走者たちにはトラブルが続発し、とうとう選手にされてしまった。負けたくない夕子の級友たちはどうしたものかと必死になるが。

*運動会というと元気になる生徒と、全く反対で気が滅入る生徒とがいるけれど、この回は後者のタイプの読者を励ますような話に仕上がっている。こういった”弱い者へ声援を送る”ような内容になっているのはこの作品の基本的な特長のようで、高く評価されて良い点なのではないかと思う。ここで笑われてしまっているのは「のろま」な夕子ではなくて、勝利と栄光を追い求めるあまり大騒ぎをする、夕子の周囲の人たちのほうなのだ。



⑧なんだかみんな夢みたい

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(プリンセス 1979年11月号)
"⑧ Somehow I feel everything like a dream"

Today is a school festival at the Lemon junior high school. Yuko is the leading actress of a play, but she forgets all her lines. She tries to memorize them again, then she meets the boy who had ever lived next-door. Yuko is delighted with it, but becomes nervous than ever. The time to raise the curtain, is getting closer and closer...

 檸檬(レモン)中学校は本日が文化祭。夕子は劇で主役をやるのだが、セリフを全部忘れてしまった。必死に覚え直そうとしていると、昔となりに住んでいた仲良しの少年と再会。大喜びするもののますます緊張に拍車がかかってしまい、開演時間は刻々と迫る……。

*夕子の役どころは「メケケ星のシベール王女」なるもので、当時こっそり制作された同人誌の名称(或いはその元になった映画の題名)にひっかけてあるのが分かる。2Aの教室では「SF映画上映中」の看板があり、それによれば『馬の首風雲録』『地球の長い午後』の2本がかかっているようだ(『吾妻ひでお大全集』(p.48)によると作者は、マンガ化したいSFとしてこの2つの作品名を挙げた事があるらしい)。70年代末にSF映画の流行があったのは史実であるが、そのへんから題名パロディをするといった事はなされず、SF小説から架空の映画の題名が作られたようである。
 文化祭などで舞台演劇に参加させられる経験は、たぶん誰でも1度はあるだろう。少女たちの世界ではその配役をめぐって多少の愛憎が現実にあるかも知れない。ここで、自信家の蘭が夕子の主演をねたんでいないのはやや意外だが、別のところで危険因子になっていたりする。このへん、あまりにも定石どおりの騒動が展開するのは敢えて避けたのであろうか。



⑨幸せって何かしら

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(プリンセス 1979年12月号)
"⑨ What is a happiness ?"

Yuko is surprised to know that her classmates have a luxurious time on Christmas every year. But her family settles to eat out at a high-class restaurant in this year. All they are very glad. However, Yuko is involved in a happening one after another at the town on the day...

 友人たちは毎年、クリスマスとなると豪華にすごしているのを知って驚く夕子。だが太陽家でも今年は高級レストランで外食することになった。全員大喜びするものの、翌日街へくり出した夕子は次々といろんな事に巻き込まれてしまい……。

*作者の分身として御馴染みのアーさんが登場しているが、なんと飲んだくれのホームレスという設定で、今読むと驚かされる。『ネムタくん』の3人組や担任も、ちょい役で出演。
 これが最終回であるが、派手に劇的な事件が展開するというわけでもない。ささやかに暮らす家族の、ささやかな幸福を描いた吾妻流ホームドラマはここで幕が引かれる。果たして夕子、ドンちゃんはこれからどうなるのか。しかし、心配する必要はあるまい、きっと素敵な女性に成長してくれることだろう。



ラブちゃんパリをゆく

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(プリンセス 1977年1月号)
"Love struts in Paris"

Love calls on her father at his office in a university, in her winter vacation. Then she knows he is going to go Paris for a science council, and accompanies him forcibly. She cannot behave herself for an ordinary sightseeing...

 ラブは冬休みで、大学の研究室に父をたずねる。すると彼が学術会議でパリへ行くことを知り、強引に同行し旅立つ。ラブがおとなしく普通に観光だけしているわけもなく……。

*『翔べ翔べドンキー』は連載9ヶ月で終了しているため、単行本『おしゃべりラブ』①②巻の続きになる作品が同時収録されている。
 日本では1960年代末頃にフランス映画(およびその音楽)などが流行し、お洒落なヨーロッパ文化の象徴とばかりにフランスが、主に若い女性たちの間で憧れの対象となったようで、ここでラブの行き先がパリなのはおそらくそれゆえと思われる(こうした流行はむろん移り変わるもので、1990年代にはイタリアが旅行先として人気があったようだ)。今でこそ海外旅行はずいぶん安くなりほとんど誰でも出かけられ、もはや珍しくもないだろうが、1970年代末だとまだなかなか気楽には実現できないほどの予算を必要としたので、一種の「夢」としてマンガの題材たりえたのである。作中にギャグで「ハワイ」だの「ロンドングループ」だのという名称が出てくるが、これらはキャバレーのチェーン店のそれで、そのような業界さえ海外の地名を豪華で粋なものとみなし使っていたのだから、これまた当時の世相がうかがえる。



ラブちゃん別れのテクニック

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(プリンセス 1977年3月号)
"Love's technique of bidding farewell"

Love feels restless with a graduation ceremony near at hand. Since it is going to be impossible for her to meet Kamijyo who is the senior boy she is charmed with. Love goes about confession of love before her deadline. But she doesn't know that he belongs to another girl already...

 卒業式が近づき、ラブは心穏やかではない。それというのも好きな先輩、上条にもう二度と会えなくなるからで、背水の陣となったラブは告白に取り掛かる。しかし自分のしている事が横恋慕だなどとはまるで気づかず……。

*歩くはた迷惑、とでも言うべきとんでもない台風娘たるラブに恋愛というのは最も似つかわしくなさそうだが(当然、読者も真面目なラブロマンスを読みたいとは期待していないだろう)、さもありなん、ここでも事態をひっかきまわしてややこしくするという活躍(?)をしている。
 ひとコマだけ『ふたりと5人』のおさむと哲学的先輩が出演しているが、これはまあ冗談であるとしても、『ネムタくん』のレギュラーであるネムタ・イトー・三蔵が同窓生として同じ中学に在籍しているらしいくだりがあるのには驚かされる(あまつさえ彼らの担任までがちゃんと教師として出てくる)。ちなみに、『ネムタくん』の『クラブ・哲学はパラダイスの巻』では、ラブの友人である「吾妻くん」らしき人物が観客の中にいる。もっとも女子の制服デザインなどはそれぞれの中学校で少し異なるのだが。はて?



ラブちゃん必殺人魚姫

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(プリンセス 1977年5月号)
"Love's lethal mermaid"

On Sunday, Love becomes aware of that she has nothing to eat for a breakfast, and she has no money to buy food. "Birds of a feather flok together.", her friend "Nemunoki" has no money either. Then an idea occurs to them, namely, go fishing and prepare food from a catch...

 日曜日。独りで下宿しているラブは朝食をとろうとするが、何も無い。買ってこようにも金が無い。類は友を呼ぶと言うべきか、友人であるねむの木くんも金は無い。ふとした思い付きで、釣りに行き、釣った魚をすぐテンプラにしておいしくいただこうと決めたのだが。

*単行本はここで終わっている。しかしこれが最終回ではないようだ。なぜ1カ月おきで作品を収録するという編集が行われたのか、よくわからない。
 主人公のラブが、同性の少女たちではなく異性の少年たちを友人に持っているのはいささか謎ではある(彼らは互いを異性としては殆どまるっきり意識していないようだ)。同性の友人たちの間を金策にかけずりまわるといったごく常識的な解決策を選択肢に持たないラブは、これがために無茶苦茶な行動に走る事になる。大半の読者であったろう少女たちが、こうしたラブの姿を見て共感したかどうかは怪しい。が、「あ~、あったあった、このマンガ覚えてる~!」と当時も今も笑っているのではあるまいか。





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