①ドンちゃんなんて呼ばないで
(プリンセス 1979年4月号)
"① Don't call me Don-chan"
Yuko Taiyo got into the Lemon junior high school. She is in great spirits at the start of her new life, but she makes mistakes from the very biginning...
("Don-chan" is a nickname, roughly speaking it means "a happy-go-lucky person".)
太陽夕子は今日から檸檬(れもん)中学校の1年生。心気一転、新しい生活の始まりに張り切るのだが、のっけから失敗ばかり。はたして彼女の学園生活はどうなる?
*吾妻ひでおは少女マンガも幾つか描いている。秋田書店では「プリンセス」で1975年1月号から『おしゃべりラブ』を1977年9月号まで連載し、その次に1977年10月号から1979年3月号まで『オリンポスのポロン』(これはテレビアニメ化されたので最も有名だろう)、そして『翔べ翔べドンキー』がこの後に始まった。ただ残念ながらプリンセスでの作品連載はこれが最後となり、徐々にSFなどマニア色の強い領域での執筆が多くなったようだ。
単行本カバーには以下のような著者自身の言葉がある。
”女の子の心理はむつかしい 第一非論理的だ 私に描けるわけがない だからドンちゃんは男の想像による女の子で これはどちらかというと男の人むきにかいた しょーじょ漫画なのです”
こうした生い立ちのゆえか、作者は公式サイトにおいて「元祖萌え」コミックとしてこの作品について語っていたと記憶する(2005年)。
「少女マンガ神経病む」などと書かれた貼り紙がテレビの裏側にあったりするのがこの第1話に見られるけれど、もしかすると送り手としては少年マンガ等の制作とはまたかなり違う苦労を伴うものだったのかも知れない。この「翔べ翔べドンキー」も連載は9ヶ月で、1年間は続かなかったようだ。
バスの車内を描いたコマに、ちょっとくたびれた様子の男子学生が1人居て、胸に「30才」と名札(?)を付けているのが見える。作者は1950年生まれらしいので、この作品が発表された当時およそ三十路の直前だったと思われ、そのへんから推すにこれは自画像なのかも知れない。