(はじめに)
Alice with a pounding heart
*(2006年6月26日追記:このページの最後に、ちくま秀版社版『定本 ときめきアリス』の記事を付加しました)
”アリス”というのがヒロインの名前のようだが、これは”同じ名前を持つ別人が毎回登場する”のであって、全話を通じて活躍する一人の主人公が存在するわけではない。まずこうしたシリーズ設計がルイス・キャロル(Lewis
Carroll)の「アリス」("Alice's adventures in Wonderland"および"Through
the Looking-Glass, and What Alice Found There")とは異なる。また英児童文学の「アリス」は”少女が不思議な体験をする物語”なのだがこの「ときめきアリス」は”不思議な少女を体験する(男の)物語”とでも言うべき回が多い。ここに描かれているワンダー(不思議)なものはランド(国)ではなくてアリス(=娘)のほうなのだ。これはある意味、男の目を通した世界観としてものの本質をうがっているようにも思える。
連載されていたのが青年誌であるためかセックスにからんだ話が多い。とはいえあまりにも現実離れした幻想が展開するので、読者は性的興奮をおぼえるより先に驚かされ、笑ってしまうことだろう。単行本としての「ときめきアリス」は最初、"Hideo
Collection(双葉社)"の第7巻として堅表紙本で世に出ている。上のほうに示した画像にあるとおり、("Hideo Collection"では共通している仕掛けなのだが)フルカラーのカバーを外すや人物がこつぜんと消え、単色の背景だけになるという謎めいた装丁だ。背景の樹木などは、どことなく19世紀、キャロルによる「アリス」出版当時の印刷物みたいな色調で描かれているように僕には感ぜられるのだが、どうだろうか(なお、ここに描かれている背景はどうやら『鏡の国のアリス』の原著に収録されたジョン・テニエル(John
Tenniel)による挿絵のパロディらしい。そこでは地平線まで全体が巨大なチェス盤のようになっている世界が見渡せるのだが、このチェスに絡めた要素というものは『ときめきアリス』には、無い)。
で、この最初の単行本なのだが、各話の収録は発表順ではなく独自の並べ替えが行なわれており、サブタイトルに12ヶ月を割り当てるなどの工夫もなされている。担当者はこうした編集にさぞ知恵を絞ったろう。それは尊重したいのだが、ここでは作品が発表された順序に従って紹介してゆこうと思う。これは、そうした順に「アリス」たちを並べてみる事によって、もしかすると月日につれての作者の内面の移り変わりのようなものが浮かび上がってくるかも知れぬと考えたからで、他意は無い。